Ⅶ.雑記保管庫

2017年11月22日 (水)

加齢

うーむ、このブログはなぜネガティブなことしか書けないのだろう。開設から6年になるらしいが、昔はもっとポジティブで自分の眼の病気のことばかり書いていた。

網膜剥離で入院&手術することになり、あれやこれやと奮闘しまくっていたかつての管理人。それがひと段落したからだろうか。いつこんな風に「現状悪化の底が見えない」などと発言するようになったんだ。





自分の経験上、大抵のことが起きても「これ以上は悪くならないだろ」と思えば楽になれるはずである。なのに去年のあの絶望を皮切りに、なにやらどんどん現状悪化が進行している気がする。

当時のブログを見返してみれば、職場での立場に悩み、飼っていた金魚が死に、入院していたじいちゃんの見舞いに行き、そして年末にじいちゃんが亡くなり、年甲斐もなく泣いたりわめいたりバタバタもがいたりしていたようである。



これまた自分の経験上、大抵のことが起きても時が経てば「なぜあのときこんなに苦しんでいたのだろう」と考えて楽になれるはずである。日にち薬ともいう。

なのに1年経った今も何ひとつ変わらないどころか、これ以上悪くなりようがない現状が余計悪くなっている。一体これは何故だろうか。





…もはや考えるだけ無駄。考えれば考えるほど、どん底の未来が見えて嫌になる。だったら考えない方がいいと思う。

最近、子どものころ癖になっていた歯ぎしりが再発し、起きているときも寝ているときもギリギリ奥歯を噛みしめている。自覚すればやめるのだが、無意識の癖というのはそう簡単に治らないものである。



もはや今の管理人の楽しみといえばサスペンスドラマの鑑賞しかない。月曜名作劇場、水曜の相棒、木曜の科捜研、あとたまにやっている昼間の再放送、そのへんを見ているときだけ現実を忘れられる。


やたら見るようになって気付いたが、サスペンスドラマというのはとっかえひっかえ同じ俳優さんが違う配役で出ている。つまり「Aのドラマでは犯人役、Bのドラマでは刑事役」みたいなことがよく起きる。

あっちのドラマではライバル関係だったのにこっちでは上司と部下の関係、ときには夫婦だったり殺される役だったり、「あー!この人どこかでー!」と記憶力を養う訓練にもなります。

何の変哲もない普通のドラマでも、敵対している人物同士がすれ違ったり、背後から近付いただけで「このあと殺されるのでは?」と疑ってしまう。ほんのわずかなきっかけで愛が恨みに変わること、自分の理性が制御できなくなること、サスペンスドラマはそういうことを如実に語っているからな。



まぁ、いくらドラマで殺人犯が逮捕されようと私の現状が改善されるわけではないのだが。天皇が退位しようが北朝鮮とアメリカが戦争しようが私の待遇が変わるわけではない。

開設から6年経ち、眼のあれこれはおかげさまで落ち着いている。しかし管理人も加齢?とともに社会の荒波にもまれ、不満が噴出し、なにより自分のせいで現状悪化を招いている。6年前は純粋な学生だったのになぁ。





何年経っても変わらないところ、悪い方向に変わってしまったところ、いろいろありました。良い方向に変わっていった周りの人を見て、うらやましいなと感じることもありました。

変わらないままでいるべきか、変わった方がいいのか、学生のころはあまり抱かなかった悩みや迷いも、現場に出れば嫌でも突きつけられる。本当は自分が変わってしまうことが怖い。でも、変わらないままでいることもまた怖い。



ドラマやゲームはちゃんとエンディングが用意されており、主人公の行ないは正しいことが多いけど、現実に生きる我々は誰からもお墨付きがもらえない。自分がやっていることが本当に正しいのか、それとも完全に道を誤っていて最後はどん底に落ちるのか、そこがわからん。

長い長い迷路を手さぐりで進んだ挙句、袋小路に突っ込み、スタート地点が間違っていましたよーと今さら告げられるのはなおのこと恐ろしい。ゲームと違って「さいしょからはじめる」コマンドはないからねぇ。






先日、どうしても行きたいというばあちゃんを連れ、一緒に紅葉を見にいった。あの人は何かあるたび「あんたと出かけるのはこれが最後かもしれないから」と口癖のように言う。

別にそれを真に受けたわけじゃないけど、あっちも80越えてるし、確かにいつお別れするかもわからないから。


地元の紅葉スポットといえば寺社が多い。とはいえ拝観料がバカにならず、1000円払えという寺で「やめようぜ!」と忠告したのだが、ばーちゃんがど~しても中に入りたいとダダをこねたため、魂が抜けて真っ白な灰になったような気分で野口英世さんを支払った。


あう…あ…ありえない…1000円…せんえん…。が…がいこつに…リアル灰になる…灰に…。

(※ 入口の門を抜けたところで実際に呟いた)




管理人が一番好きな季節は秋。そもそもこの時期出歩くのは好き。だがな、私ひとりなら金のかからない紅葉観賞をします。寺なんか絶対入りません!

このときほど「さいしょからはじめる」コマンドを選びたかった日はない。ネットで拝観料を確認せずばあちゃんを連れてきてしまった自分を殴りたい。




1000円は失うわ、歯の噛みしめすぎで奥歯と周辺の筋肉が痛いわ、ストレスが原因と思われる発疹と下痢は治らないわで、管理人は身体的にも経済的にも不調。

いつものことだが。不調でなかったときの方が珍しい。



1000円払って寺に入り、そこの仏様にお参りして何か願いが叶うならもうけもんだが、毎日ささげられる何万もの野望にいちいち対処しておられんだろう。

もし叶うなら?

人並みの幸せってものに触れてみたいです。



2017年10月22日 (日)

明日の朝陽が…

もう駄目だ。憲法改正されるわ、これ。

戦争を知らない私でも平和が一番だと思うのに、その気になったら戦争に参加できるよう法を変えるなんて…。


世の中がそうなってきているから。

それが彼らの言い分らしい。いつの日か、おそらくアベだのアソウだのが天寿を全うされたあと、日本は平然と戦争をする国になっているのだろう。

「相手がやるから自分もする」という考え方はほんと危険だと思うんだけどな。誰かが「やめます」と言わない限りはどんどん連鎖して悪化する。なんでそれがわからんのだろう。





この台風の雨の中、私はもちろん投票に行きました。奴らに好き勝手させてたまるか!という気持ちを込め、公約で憲法改正を掲げていない最もマシそうな党に入れた。つまりアレとかコレとかの党ではない。

当確はアレの党に出ちまったけどな!




まぁ、どっちにしろ3分の2が取れなかったとしても、みどりのタヌキと手を組むから一緒だろう。そう気付いてからは少し冷静になりました。ああ、ほんとにクソみたいな世の中だ。




先週だったか、どこの党に入れようか迷っていると言うと、「どういう世の中になってほしいか、というのを基準にするといいですよ」と言ってくれた人がいた。

なるほど。私が望む世の中は…今の生活が少しでも楽になること。栄養失調になるほど食費を切り詰めなくても生きていけるよう、老後の不安が和らぐよう、明日の朝陽を見るのが少しでも怖くなくなるよう…!


という思いを込めて公約を見返したのだが、なかった。

明日の朝陽を見るのが怖くなくなるべく公約を掲げているところはなかった。大多数の政党が対象にしているのは、子育て、教育、そのへんである。


あるとすればせいぜい同一賃金、最低賃金の引き上げ。だが、公務員ならいざ知らず、民間でこれをやると今度は人員削減が始まる。最低限の人数で、少しでも(雇い主にとって)損がないよう仕事をさせようとする。

ま、国家公務員である政治家、あるいは恵まれた生活を送っている有権者にはわからんだろう。私みたいな民間の普通の貧乏人は嫌ほどわかる。誰かの給料を上げればそれ以外を減らして釣り合いを取ろうとする、それが卑しい現実。


かくいう私だって以前給料が(微々たるものだが)上がったとき、代わりに交通費を減らされた。「なんでや」と言いたいところだが、文句を言えば即クビ。そうなっている人を何人も見てきた。

こういうことも政治家の目には映らないらしい。




ご存じの通り、私は独身で子どももいない。生殖能力は残っているとはいえ、今後それが役に立つかどうかはわからん。もしかしたら生涯ひとりきりかも。

そういう奴に子育てや教育を重視しますといったって実感が湧かない。子どもは国の宝であるが、何をどうカバーしてもらったら子どもが幸せになれるのか、そこのところの基準がわからない。関係ないけど、スマホを持たせないようにした方がいいんじゃないのかね。


20代、それも低所得で明日の朝陽が見るのが怖い独身野郎を救済するつもりは、どうやらどこの政党にもないらしい。ふむ、ならば誰かと無理やりにでも子作りしろということか。そうでもしないと支払った税金が返ってくるチャンスはない…と、そういうことか。


無茶言うな!






それは冗談として、一昨日あたりからなんかアホらしくなってきて、今日も夕方からずっとボクシングを見ていた。

テクニカルノックアウトっていうの? CM終わってさぁゴングだ!と思っていたら、相手が戦意喪失して村井選手勝利!って、おいおい、それでいいのか。



ボクシングのルールはよく知らんけど、TKOってテクニカルノックアウトの略だったのね。個人的には長谷川穂積選手が好きで、初めてテレビで試合を見たときカッコいいなぁと純粋に思った。

何かを背負った人というのは勝っても負けても輝いているな。






ハァ、それに比べて…。私って一体…。

結局何も変わらず、明日以降、今後も同じ生活が延々続くってわけね。台風だし明日の朝陽は見れないかもしれないけど、新たな1日を迎えることがこんなに怖く思えるとは。



自分の生活を背負って初めての衆院選(前回は確か学生だった)だっただけに、ショックはデカい。

アベだのみどりのタヌキだの、あんな奴らに人生を左右されるとは情けない。ああ、台風で永田町ごと流されてしまえばいいのに。



それでも結果がこうなるってことは、社会が彼らを求めてるってことなんでしょうね。私ひとりがこんなところでワーワー言ったって、無駄を通り越してただうるさいだけ。

もういい、あれこれ呪いまくりながら眠りに就くとします。

どこかにいるかもしれない同志たちに幸あれ。




2017年10月 9日 (月)

秋の日は釣瓶落とし

この歳で初めてやったかもしれん。外勤中のサボり。

といっても15分ほど。自転車で「道に迷うといけないので」と早めに出発、事前にLINEで連絡しておいた人と落ち合う。


別にデートしていたわけではない。寄り道先はかつての同級生の職場である。目的地のすぐそばで働いていることを知っていたので、互いにサボりを承知でしばし語り合った。

そりゃこの歳になれば愚痴も文句も殺意も腐るほどありますから、できるなら1時間ほど喋って帰りたかった。が、この日やるべきことはそっちではない。仕方なく本当にしぶしぶ、またLINEするわーと声をかけて別れた。





昔の同級生との飲み会はたまに声がかかるが、なんだかんだ理由をつけて断ってしまう。1対1で喋るならまだしも、数人が集まる飲み会ではどうしても聞き役になってしまい、自分のことが喋れずフラストレーションがたまる。

管理人の手に負えるのはせいぜい自分を入れて4人まで。それを越えるとキャパオーバーに陥るらしく、飲み物をすすりながらひたすら聞き役に回る。お陰で今でも自分のことを話すのが苦手である。


…裏を返せば、管理人が参加した飲み会で、管理人の私事について耳にした者はほぼいないはずである。貝のように口を閉ざし、気配を消すのは上手ですから。

ま、たとえ話が回ってきても、「特に何も」で済ませちゃうから放っとかれるんだろうけどさ。2年前の同窓会も「特に何も」以外喋ることなく終わっちまったしな…。





どこかで言ったかなー。

来年早々、同級生の結婚式の招待が2件も入っている。



管理人はいまだかつて結婚式というものに出席したことがない。それ以前に正式に招待されたのは初めてで、これまでは「えっ、いつの間に結婚してたの!?」と事後報告で済まされていた。私、友達いないですから。


テレビなんかで見ていると、結婚式って歌をうたったりするじゃないですか。だから「家族になろうよ」とか練習しといた方がええの?と相談すると、「それはあんたがすることちゃうやろ」と…。

ブーケトスを受けたら次に結婚できるとか、受付担当するとロマンスが生まれやすいとか、断片的に情報があるだけでよく知らん。なんやかんや理由つけてこれもサボるか…。



自分がボーッとしているうちに周りは次々に結婚し、悩みや愚痴の内容が家庭に変わり、私みたいな独身モラトリアム野郎はますます孤立するってわけね。

そりゃ飲み会に参加したって話題に入れないだろ。





そういえば最近嬉しかったのは、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を取ったこと。『わたしを離さないで』は数年前に読んで今も家にある。

好きな作詞家さんの影響で読み始めたものの、科学の進歩の弊害ともいうべき深く残酷なテーマに感じ入り、一気に読破した。とはいえメディアは日本と関連付けて加熱しすぎ、あるいは村上春樹さんとの話題を取り上げすぎである。

(…あの人の作品は何度読んでもよくわからん。私の頭が追いついていないのだろうか、毎年ノーベル文学賞候補?に名が挙がるのが不思議でならない)





あと、某オークションに出していたドラクエXIはめでたく売れた。

買ったときの半額で売れたらいいやなんて思っていたら、それよりちょい高値で落札された。11月に予約したポケモンの購入資金に充てよう。


ゲーマーというほどでもないゲーム好きの管理人であるが、「パッケージも見たくない」と思ったのはコレが初めてである。無垢な子ども時代ならともかく、ひねくれた大人になっちまった今、ドラクエのシナリオはまさに「解せぬ」の一言である。

なにしろもはや、勇者と呼ばれる主人公の行動が狂気の沙汰としか思えんのだ。悪役たち、もっと頑張れ!奴(勇者)に天下を取らせてはいかん!と思うものの、システム上そういうわけにもいかず、悪役は次々にやられていく。


駄目だこれは…。売ろう。世界なんか救いたくない。

プレイヤーが放棄すればさしもの勇者も為す術はない。少しのためらいののち冒険の書を消去、別れを告げた。誰か優しいプレイヤーさんのもとで世界を救ってもらえよ。





そういう意味ではシミュレーションゲームは楽。無心で畑を耕したり、家畜に餌やったり、好きなキャラと恋愛したりできるんだし。


主人公とその取り巻きに都合いいハッピーエンドなど、世界ごと滅び去ってしまえばいいと思う。しかし、それができないのがRPGなんだろうな。主人公サイドに怒りを覚え、悪役に同情し始めたら、速やかに積むか売るしかない。

ドラクエに限らず、世界樹シリーズも実はそういうところがある。プレイヤーが悪役に加担し、勇者を討伐したあと世界を滅ぼすシナリオはさすがに用意されていない。とはいえ、ぶっ潰した世界をイチから作り直すのは大変だと思うぜ?








…はぁ、また無駄に時間を潰して3連休が終わってしまった。


紅葉の時期にどっか行きたい。生きとし生けるもの、栄華を極めたあとはみんな枯れてみすぼらしい姿に変わるのよ。と語りかけられている気がするので、管理人は秋が好き。

同様の理由で春は嫌いである。






ちなみにタイトルは亡き祖父から教わった言葉である。

自分が小学生だったか中学生だったか、秋の夕方に祖父と2人で道を歩いていたときのこと、「秋はあっという間に日が暮れて真っ暗になるやろ。それを釣瓶落としっていうんや」と教えられた。


管理人は昔から(良い意味で)イマジネーションが豊かなので、誰かが引っ張り上げた太陽をすとんと下に落とす想像をして怯えた。そのほか、「自分の中身は骸骨である」「世界に自分以外の他人が存在している」と知ったときも怖くなった。

子どものころいろんな想像をしすぎてこうなったんでしょうかね。



12月にはそんな祖父の一周忌がくる。

一言でいうと「妙な感性の変人」だったが、元気なころ教えられたことは今でもフッと意識に上ってくる。人は死んでも誰かの記憶の中で生きる、ということを生で味わわせてくれている祖父。私もそうなりたいものである。


2017年8月17日 (木)

仕事行きたくねぇ

あっ!という間にお盆休みが終わってしまった。


今年はせっせと貯めていたお金を手に、「行きたいところに行こう、やりたいことをしよう」をモットーに過ごした。おかげさまでお金はスッカリなくなりましたが。




私が小学生なら、夏休みの宿題分の絵日記はざらに書ける。

極めてマニアックで密度が濃く、決められた金額内ではあるが散財し、現実から逃避しまくったせいで明日からの仕事に行きたくない! 戻ってきたくない!と叫び出すほどである。



あー…。幸せのあとには必ず地獄が待っているのかー…。

帰りたくなかった。ずっとあの世界観(?)にいたかった…!




詳しく話すと記事5つ分ぐらいになるのでごく簡単に説明すると、戦国武将の生きざまに完璧に胸打たれたせいで現代生活に戻るのが嫌になったのである。


現代人がやっているような、毎日決められた時間に起きて出勤し、人間関係に辟易しながらダラダラと定時まで仕事をこなし、1年後も10年後もなんとなく同じ生活を送っている…なんて生き方はくだらん!

メリもハリもない、生も死もない、忠義も謀略もない、こんなつまらない現代社会で私は何をやっているんだ? 叶うならばこの身尽きるまで、敵を刃を交え血みどろの合戦場で露と消えたい…!



職場での人間関係がどうとか、給料の安さがどうとか、社会的地位が低く独り身で肩身が狭いとか、本気でどうでもよくなってしまった。なぜ現代人は戦国武将のように、あるいは名もなき侍のように、もっとこうガッツを持って「己の本懐を遂げるべし」みたいな生き方をしないのかね。

ううむ、27にもなって、がっつり何かの病だろうか。





ちなみに、ドラクエXIの1周目シナリオもめでたくクリアしたのだが、なんかあんまり感動しなかった。死んでしまったアレコレの人がかわいそうだ。エンディング後になんらかの形で救済してあげてほしいと願う。


王道RPGにありがちな「悪者はみな滅ぶべし」って考え方も違うと思うんだよな。何かを善とみなせば別の方面にあるものが悪とみなされる。戦争っていつもそういうところから始まってるんだよ。

あの勇者も、魔王サイドから見れば立派な破壊者であろう。










仕 事 行 き た く な い 。



現 実 に 戻 り た く な い 。





呪文のように唱え続けて、明日になったら現実が少し変わってないかな。現代人の暮らしってほんと無駄が多いというか、つまらない日常の繰り返しだよな~。







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2017年7月14日 (金)

最凶の夏到来か

毎日お暑うございます。

これまで生きてきた中で最もひどい夏(※ 個人差あり)になりそうで、すでに体調を崩しまくっている。せっかく誘ってもらった飲み会を2件も断ってしまった。


ただでさえ弱っちい胃腸がやられ、朝食はスープのみ、晩飯はうどんか雑炊。こんなんで人ひとり生かす原動力には全然ならず、脱力感がハンパなくふらふらしてあちこちぶつかり、生傷が絶えない。

点滴でも受けたい気がするが、毎日病院にかかる経済的余裕はない。スープとうどんor雑炊では人類の身体は維持できん。固形物が食べたい。





冬の寒さは耐えられるが、夏の暑さは死の気配がする。

体調は優れないのに夜が眠れない。なんかよくわからんが、平均して夜中の3時~3時半に目が覚めてしまい、窓越しに日の出を眺めたり、新聞配達のバイクの音を聞いたりする毎日。


こんな早い時期からエアコンを使ったら電気代が~なんて考えてるからあかんのだろう。もはや扇風機と根性で耐えられるレベルを越えていると思う。

このまま外に出たら公然わいせつ罪で逮捕されるであろう最低限の服装で過ごすなど、いろいろ工夫してみてるんだけどな。ここで死んだら金魚の世話する人がいなくなるから、なんとか生き延びねば。





今週は6連勤なので、まだ明日が残っている。

さっき30分ほど仮眠を取って少しマシになったが、こりゃ気を抜くと大変なことになりそうだ。休日にどっと疲れが出て病気になるとかな。昔っから夏は嫌いだ。



2017年6月 9日 (金)

年中惰眠

今日は大好きだったバンド、GARNET CROWが解散してから4年目の6月9日である。今でも何気なく曲を口ずさんでしまうほど好き。カラオケでも必ず歌う。鞄には解散ライブのとき買ったアクセサリーがいまだについている。


大切なものは去ってしまってからその価値がわかる。もっとたくさんライブに行ったり、ファンクラブに入ったりすればよかったなぁ。後悔が募るばかりである。








1日の中で一番好きな時間が「睡眠中」という管理人、緊張のあまり眠れなくなることはまれにあるが、今のところ睡眠に関する悩みを訴えたことはない。



…はずだったのだが、10日ほど前から寝付きが悪く、眠りも浅いため夜中や朝方に目が覚めてしまい、何時間寝ても寝た感じがしない。加えて寝返りを打つ回数が減り、同じ体勢のまま横になっているため頭や耳が痛い。

当然、ちゃんと睡眠をとっていないと身体の調子が悪くなり、なんとなく元気が出ないし、昼間に眠気が襲ってくるせいで仕事の効率も悪くなる。通勤バスの中では気絶したように眠れるくせに、どんなに疲れていても自分の布団では眠れない。



…認めたくはないが、歳を取ったせいか。


あるいはこれが有名な睡眠障害というものか。





いろいろ考えて青くなっていたのだが、まともに眠れなくなって約1週間、ようやく理由がわかった。

枕が古くなっていたせいだ。(たぶん)



1年半前から無印のウレタンフォームチップまくら(税込1900円)を愛用。それがどうやら寿命を迎え、ぺったんこになって枕としての機能を失っていた。のだと思う。枕を新調したら眠れるようになったのだから。

いつも何気なく使っている枕の重要性、および睡眠障害に苦しむ人の悩みが少し理解できた気がする。ともあれ、以前と同じように眠れるようになってよかった。度重なるストレスと逆境のせいでとうとう睡眠障害を抱え込んだかと思った。






別段どうということでもないが、なんか母から「あんたいつ結婚するの?孫の顔はいつ見れるの?」と問い合わせがあった。職場の若手がデキ婚をするらしく、「それで、あんたはどうなってんの?」という気になったそうだ。(余計だってんだよ…)

前回は皇族の誰だかが婚約するとかいうニュースが流れたとき、「それで、あんたはどうなってんの?」という同様の問い合わせがあった。どうもこうもないし、期待をかけるなら出来のいい弟にすれば?と返した。



年齢も年齢だしわかっちゃいるけどさぁ。自分の子がこんな奴でも孫の顔が見たいと思うものなのかね。親の心というのはよくわからん。

想い人(?)がいないわけでもないが、実際に自分が結婚&子の親になる? とんでもねぇ話だと思う。そんなたくさんアイデンティティを確立したら緊張でまた眠れなくなる。

まさにクライシス!






以前、某人に「大好きな人と結婚するとよい」と言われたことがあるが、そう簡単にいけば苦労しないんだってば。母には悪いが、今の私は金魚の世話をやっているぐらいがちょうどいいと思う。


よし、こういう日は『Blue Regret』を聴こう。(失恋の曲だが)




2017年6月 4日 (日)

ゲーム断ち

ううむ、くら寿司で気付いたら7皿も食べていた。ついでにビッくらポンで当たりが出て、全然好きでもないのに銀魂のマスキングテープを入手。

そこらのくじ引きすら満足に当たらないのに、アレはなぜか妙に当たる。で、いつも「いらんなぁ…」と思うのだが、周辺の子ども連れに「あげる」と言うのは(通報されそうだし)ちょっと勇気が出ない。


なので、子どもさんがいる職場の人にあげている。にしても銀魂はどうかなぁ…? ポケモンは通り越してスプラトゥーンの世代だと聞いているが、ジャンプを読んでいるかどうか…。









本職とは別に勉強している通信教育の1学期が終了。

成績は「良」と「可」がひとつずつで、あとはすべて「優」。オレって優秀じゃん。


夏にはスクーリングがあるので仕事を休まねばならない。うーむ、職場の連中にどう話したものか。上司以外にはまだこのことを話しておらず、言えば「生意気」とまた馬鹿にされるであろう。

去年、寄ってたかって「民間資格のくせに」と言われたことはまだ根に持っている。だが、あれをきっかけに「奴らを見返してやる!」と尻に火がつき、通信教育の受講、および様々な分野でのスキル取得を決めたのである。そういう意味では感謝している。





まー、私みたいなグータラした奴は、馬鹿にされたり罵られたり、逆境にさらされて胃を痛めるぐらいしないと改心しない。そういうことが最近わかった。

だからたぶん、この現状悪化の嵐も、私の尻を叩いて前に進ませるための試練なのだろう。パワハラも食料品の値上げも家計の悪化も…。そう思いたい。





同じような苦境に置かれている人にはわかるだろうが、これまでやったことのないスキル取得というのは骨が折れる。銃兵がいきなり音楽家にジョブチェンジするようなもので…ってわからんか。

私の場合、リアルにジョブチェンジ(いわゆる転職)するわけではなく、好きでやっているだけである。だから誰かを呪うとかそういうのはない。呪うとすれば自分の無能ぶりにだな。





本格的に特訓し始めてまだ4ヶ月。「人並みにできるようになるまでゲーム禁止」と定めてしまったため、現在ゲーム断ち中である。手が腱鞘炎になるほどゲーム好きなのに。


好きな食べ物断ちも考えたが、たぶん我慢できないと思うのでゲーム禁止。こっちならゲーム機を隠しておけばやらないで済む。あるいは充電器を隠して充電できなくするかだな。

それもこれも自分のためである。他の誰かのためではない。ジョブチェンジとはいかずとも副業として使えるかもしれないし、その高いハードルを越えるまではゲーム断ちが続く…。




…いや、スマホのアプリはやってるけどね。コイキング育成中だよ。


2017年5月20日 (土)

すげー

累計アクセス数20万突破だってよ。すげー。


記録によるとブログ開設から今年で6年目らしい。

世間には1日で1万という恐ろしいブログもあるそうで、6年で20万はまるで自慢にならん。



最初は眼の病気について書くブログで始めたはずが、今ではすっかり自分の迷走ぶり&現状悪化を嘆くダストシュートと化している。

ご覧いただいている皆様。いつもすみません。



たまに読み返して「やってられん。閉鎖だ」と思うのだが、これ、いつまで続くのかねぇ。あれこれ言いながら存続しているのが不思議。恥さらしの羅列に過ぎんのだがな。


はぁ、とりあえずどっからか20万円落ちてこないかな。



2017年4月16日 (日)

なんかかんか

今日は晴れていたかと思うと雨が降り、雷が鳴って雹が降った。



現状は相変わらず。ネガティブ以上、ポジティブ以下。またしても職場の人に「要らない」と言われ、挙句の果てに「パワハラが嫌なら辞めた方がいい」とまで言われた。ショックより先に自覚があることに驚いてしまった。

ちょっと前ならものすごく落ち込んでいただろうが、今はそれほど思わない。「みんなは私の才能に嫉妬しているんだ」と思い込むようにしているから。そうでも思わないと変な病気になりそう。





ネガティブの権化のような管理人がちょっとだけマトモになったのは、去年の12月に祖父が亡くなったことがきっかけである。


別にこれまで大好きだったとかではなく、寝たきりになって病院に見舞いにいったとき、「自分に一番近いのはじいちゃんかもしれない」と思った。たったそれだけである。

食事も寝返りも自分でできない状態になり、私が誰かもわかっていないような祖父を前にして、恥も外聞もなく病室で大泣きしてしまった去年8月。盆休みの時期であった。



ちょうどあのとき、職場の人からの嫌がらせや給料の減額などが相次ぎ、かつてないほど精神的に追い込まれていた。だが、あのとき祖父を前にして、自分は食事もとれて手足も内臓も健康なんだし、こんなことやってたらあかんと思った。

じいちゃんとは一言も言葉を交わせなかったが、あのとき会ったことは自分の人生で大きな意味があったと思う。




それから4ヶ月ほどしてじいちゃんは他界した。肺炎を起こし、家に帰ることも叶わず病院で息を引き取った。


お通夜と葬式の最中、最も号泣していたのは誰あろう私である。ハンカチをびしょびしょにしてしゃくりあげるように泣いていた。思うのだが、私は両親が死んでもこんなに泣かないかもしれない。

葬式の前日(お通夜)も自ら志願し、葬儀場に泊まり込んだ。死人と壁一枚隔てた向こうの部屋で寝ることをそれほど苦とは思わなかった。人間、死んだらそれっきりである。

驚いたのは、参列者が意外と多く、変人と名高いじいちゃんが実は人望があったらしいことである。変人ながらも大勢の人(身内、それ以外含む)から悼まれているじいちゃんを見て、なんかちょっと羨ましいと思った。



それから、自分はこれではいけないと思った。

現状が変わらないだのなんだのと文句を言う前に、なら自分から変わる努力はしてんのか?という話である。私はやたら悲観的になるだけで努力していなかった。理想を抱いてもいなかった。だからたぶん駄目なのだろう。

なにごとも理想から始めていかなければ、現実を変えることなど夢のまた夢だ。職場の人の嫌がらせにも、給料の減額にも、雨にも風にも夏の暑さにも負けず、欲はなくけっして怒らず…と宮沢賢治のような悟りを開かねばならない。右に困った人がいれば助け、左にウザい人がいれば無視するのである。





「パワハラが嫌なら辞めろ」というなら「辞めさせてみろ」と思う。

「死ね」というなら「殺してみろ」と思う。


これまでもそうやってなんかかんか生きてきたのではないか。私はじいちゃんが旅立った世界に行くのはまだ早い。いつか立派になって奴らを見返してやる。





…たぶんであるが、職場の人もかつて先輩や上司に似たようなことを言われてきたのだろう。人間は「目には目を」が好きな生き物であり(アメリカが良い例)、自分が受けた苦痛や屈辱を他人にも味わわせようとする。

虐待を受けて育った子どもが親になったとき、自分の子にも虐待をするのと同じ理屈である。


だから、私がもし後輩を教える立場になったとき、彼らと同じことをしてしまわないように、とひたすらそれを願っている。自分がされたことを次の世代に持ち込んではいけない。万が一私がやってしまったら、その後輩も自分より下の人に同じことをするだろうから。





じいちゃん…。

地元を歩くたび、ああ、あそこはじいちゃんと昔入った店だとか、遊びに連れていってもらった場所だとか、忘れ物を届けてくれた学校だとか、いろんなことが思い出される。

他にも、じいちゃんは塾まで送り迎えしてくれた。地図帳をプレゼントしたら喜んでくれた。認知症になってからはそばに近寄らなくなって、顔を合わせてもつい怒ったり暴言を吐いたりしてほんと最悪の孫だった。



生前、大好きだったとは言わない。でも、今になってこれだけ思い出が溢れてきて、思い出すたび寂しくなって、涙まで出てくるということは、やっぱり好きだったのだろう。

じいちゃんが生き物として命尽き、動かないただの抜け殻になって、それから真っ白な骨になって、納骨も終わった今、改めて実感する。生命体の本質は、いかに長く生きるかではなく、何を残して死ねるかである。


それが子孫であるが思想であるかは人それぞれだが、じいちゃんはここにネガティブで卑屈でまともに理想も抱けない孤独な孫を残した。

その孫がこれからどうなるかは知らん。パワハラの重圧に負けて露のごとく消えるかもしれない。ただ…もらった時間を無駄にしてはいけないし、できるなら今よりもっと裕福で立派になりたいと思う。




残念ながら私はじいちゃんと同じ墓に入ることはないが、血族というのは不思議なもので、やっぱりどこかしら通ずるところがある。

葬式の前日、ばあちゃんから聞いた話であるが、じいちゃんはあんな顔して変人なくせに博愛主義者で、世の中の誰かのためになりたいと熱心に思っていたらしい。それも人間は動物より高等で完璧な生き物だという考え方を持っており、それだけは私には到底理解できない。


私が(職場の人いわく)なんの役にも立たない民間資格を取ったとき、すでにじいちゃんは病院生活を送っていて報告も何もできなかった。あのとき、じいちゃんにそれを報告できる機会があり、さらに理解できる認知機能が残っていれば喜んでくれただろうか。






…イヤ、聞くまでもない。


こんなズタボロの孫、自慢には思えへんよな。





じいちゃんの葬式のあと、家に持ち帰った遺影とお骨の前から離れられなかった。馬鹿みたいに何時間も何時間も、じいちゃんの遺影を前に黙っていた。

あれから4ヶ月が経ち、ようやく少し冷静になれた気がする。あのとき感じたこと、頭の中で考えたこと、自分が向こうに行くその日まで、けっして忘れてはいけない。



…誤解を恐れずに書けば、あのとき見えたのは、じいちゃんと手を繋いで歩く幼少期の自分だった。あいつを泣かせてはいけない。もっと大切にしなければいけない。

なんかそう聞こえた気がするから、大切にしよう、泣かせないようにしようって思った。自分を大切にするとかあんまり考えたことなかったからな。じいちゃんが本当にそう言ってくれたのかどうか、ただの私の妄想かもしれないが…。





…しかし、私は死後どこの墓に入るのだろうか。

立派な墓はいらないから、ぜひ実家の庭に撒いてほしいと切に願う。

2017年4月 1日 (土)

逆境の中の陽

えー、このたび、ついに職場をクビになりました。


やっぱり態度が悪かったからかな。

新年度早々、新しい仕事を探すことになります。









…というのはエイプリルフールの嘘です。すいません。

まだクビにはなっていません。扱いはひどいけど。あそこを去るときはたぶん自分から辞めていると思う。


最近は「私の優秀さにみんな嫉妬しているんだ」とトンデモなくポジティブに考えるようにしている。人間ってのは不思議な生き物で、バカで何の役にも立たない人より、優秀であるがゆえにプライドを傷付ける人の方が嫌いだったりする。

俗に言う「出る杭は打たれる」。私もひたすらそうでありたい。私が優秀だからみんながいじめてくるんだよねーと。そうでも思わなきゃ変な病気になりそう。






思い返せば去年の6月ごろから逆境に立たされているわけだが、逆境であるがゆえに思い知ったこと、勉強になったことはものすごくある。

たとえば土壇場で自分の味方になってくれる人。これまでは誰が味方かわからなかったが、どんなときでも私の支えになってくれる人たちの存在に気付けた。逆に、どんな状況に置かれても敵は敵だとわかったし、何があろうとコイツには相談しないと心に決めた人もいる。


そこらじゅうの人間が私のことを嫌ったって、本当に大切な奴は自分の味方でいてくれる。それってすごくありがたいことだな。心から感謝したい。

お陰様で人生の「やりたいこと」はたくさん見つかったし、苦しみながら本業を続けて、その裏でシュミとユメの実現に励みたいと思う。




…そういえば今日で朝ドラが終わったが、アレはほんとにキレイなものしか見せないのな。もっとこう、人間の腐った醜い部分とか描くべきだと思う。とにかくいつもハッピーエンドで終わるのが不思議でならない。

大体、4人も女が集まったら絶対どこかで破綻しているはず。親友の旦那と不倫するとか。店の実権を握るため他の3人を陥れるとか。ライバルに「あの子を消しておしまい!」と刺客を送るとか。


私の勝手な思い込みだが、共通の敵や下心、利害の一致がなければ女はあそこまで結託しない。気に食わない新人を連携していじめるとかね。画面に映らないだけで、たぶんどこかにそういう展開があったはず。

純真な主人公がトントン拍子に幸せになる物語なんて現実には存在しない。人間関係というのはもっとドロドロしてこそ真実味がある。サスペンスドラマは減る一方なのにどうして朝ドラはなくならないのだろう。謎だ。






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晩飯のグラタン。(食べかけ)

相変わらずレシピに従わず作るので、ちょっと粉っぽかった。ホワイトソース用の牛乳をケチったせいかもしれない。



今さらだが、ひとり分の飯を作るとどうしても数日続けて同じメニュー(晩飯と翌日の弁当、さらには翌日の晩飯と翌々日の弁当…)になるよね。先日も4日連続で同じ野菜炒め(余り物の寄せ集め)を食した。上手な人はアレンジとか加えて別の料理にするのかな。

量が多くてもつい安いものを買ってしまうので、なんかずっとほうれん草ばっかり食べてる…なんてことがよくある。日によってはじゃがいもばっかり、にんじんばっかり、要するに食材のチョイスとメニューの選び方が下手なのだろうか?





今日のニュースで、世論調査か何かで「社会に満足している人」の割合が過去最高だとか言っていたが、あれこそ本当にエイプリルフールの嘘なんじゃないかと思う。それとも調査対象が公務員・高所得者・資産家に限定されていたのか。

私は今の社会にまるっきり満足していないし、それどころか「私の敵は社会そのものだなぁ」なんて思う日もある。嘘つきの金持ちばっかり得をして、まっとうな貧乏人が損をする社会ってどうなの?


たまには特売の野菜とか買ってみろと思う。ドロドロの土とかザラザラの砂とか普通についてんぞ。下手したら腐ってるときもあるわ。

大切な日用品や食材、電気代やガス代ばっかり値上がりし、給料は上がるどころかむしろ下がっている。本気でいつか社会に殺される気がしてならんのだが。




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ひとりごと

  • 今年初めてふるさと納税をした。どこかの特産品が欲しいとかは特になく、クラウドファンディングの企画があったのでそれにした。自分の生活を鑑みれば米か肉でも返礼品としてもらえばよかったのだろうが、それができないあたり管理人の変なプライドがある。微々たるものだが少しでも地球のためになればいいと思う。
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