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2017年10月

2017年10月29日 (日)

【悲報】公認心理師

とうとう来年度から資格試験が始まる公認心理師。心理職初の国家資格ということでみんな浮足立っている。これまでいろんな噂が飛び交っていたが、ようやく厚生労働省がHPで概要を発表した。

私が持っている臨床心理士はあくまで民間資格。精神保健福祉士や看護師など、国家資格保持者に馬鹿にされて見下された経験ありきのため、どっちを名乗るかは別として受験できるならしたいと思っていた。




が、残念ながら(今のところ)受験資格なしである。

なぜなら…特例措置のための科目履修が足りていなかったから。


大学院で該当する科目を履修していれば来年度から受験できるものを、管理人はそれを取らずに卒業してしまった。今から足りない科目だけ勉強して補完する措置は認められていない。

ラインのグループで同級生たちが喜びに騒ぐ中、私はひとり輪に入れず。同級生たちと距離を置き、同じ科目を履修しなかったおバカな管理人。それがアダとなり、なんだか懐かしい学生時代の置いてけぼり感に襲われる…。



ああ、もっと真面目に学生をやっていれば…。







同級生のみんなからは遅れるが、2年ほど経過すれば私も追いつける。7万円+テキスト代金がかかるぼったくり現任者講習を受ければの話だが。

厚生労働省のHPを見れば詳しく書いてあるが、該当する科目を履修していない私が受験資格を得るには、現任者講習の受講と5年以上の実務経験が必要。



悲しいかな、私の実務経験は2年と半年。(今年が3年目)

満5年になるにはあと2年半が必要。つまり早ければ平成32年度の受験に間に合う。いや、このときまでに平成という元号が現存するかどうか。それぐらい先の話である。


しかもこの特例措置、通用するのは来年度から5年間である。ちゃんと科目を履修していた人には5回のチャンスがあるが、私は3回しかない。これを逃せば受験資格は永遠にない。

私らしいというか…何から何までツイていない。






思い返せば私の人生、何かやろうとして「うまくいった!」みたいなことは1度もなかった。確実にどこかで足を踏み外し、あれが足りないとか、これがまだだったとか、なにかしらトラブルが起きては出遅れる。

勉強もそう、仕事もそう、人間関係もそう、郵便物を出すとか代金を振り込むとか、そんな単純なことさえそうだった。みんながやり遂げたあと、最後に「やっと追いついた」みたいなことばかりだった。


絶対的ドンケツである私って一体…。







職場の先輩たちは条件をクリアしておられたので、おそらく来年度受験されるだろう。私は科目が足りなかったから…と正直に言うしかあるまい。恥ずかしい。


ちなみにだが、臨床心理士ということで優遇される措置はない。あくまで該当する科目を履修しているかどうかである。大学によって科目名が違うと思うので、受けようと思っている人は一度問い合わせてみてください。







まー、臨床心理士の方が歴史が古いとはいえ、いずれは国家資格にとって代わられるだろう。

だってそっちの方が名前が強いもん。国家資格保持者からのハラスメント経験者に言わせればだが、中身は関係なく厚生労働省に認められた国家資格は、なんであれ影響力がある。それだけでなんか偉いとみなされる。


いくら真面目に働いていようと、民間資格は民間資格。人によっては馬鹿にされる。忘れもしない去年の夏ごろ、「民間資格は無力」という現実を嫌ほど突きつけられた。発言力もないし、立場も弱いし、後ろ盾もない。

だから合格して見返してやりたかったのだが、やっぱりうまくいかん。私の生き方そのもののようだ。



もちろんお金の問題もある。現任者講習と受験料その他を入れたら10万は下らないだろう。おまけに私は来年度、別の資格試験を控えておる。その分の受験料を捻出することさえ苦難の道のりなのに、また別の金を工面しろと申すか。



ははは…受験資格をもらう前に餓死するかもな…。








うー、ものすごくゲームを買いたかったのだが、中止!

10万を工面するために購入禁止!



チクショー、これ以上どうやって生活を切りつめればいいんだ! 先日の選挙のお陰で確実に消費税は上がるし、いずれまた保険料やら年金の支払いが増え、給料の手取りが減らされるだろう。



ううう、実はこの前、心に闇が広がったんだ…。

たまたま知ってしまった。いつも関わっている、障害年金をもらっている人の受給額…私の給料より多かった。


家賃や光熱費のかからない親の家に住み、自由に好きな物品を買い、美味しいものを食べ、いつでも欲しいときに欲しいものが手に入る。

その人を支援している私は、その人より少ない手取りで生活を切りつめ、欲しいものも満足に買えず、体重は減る一方だし栄養失調にもなりかけた。



こんなこと考えちゃいけないってわかっている。彼らが抱える生活の不自由さ、しづらさを額に換算するとこうなるってこともわかる。

だが、この差って一体なんなの…!? 世間一般でいう健常者として生まれたとはいえ、生活の苦しさだけは彼ら以上なんですけど…!






民間資格がどうしたと馬鹿にされ、期待していた国家資格は受験資格がなく、障害年金の受給額より少ない手取りをやりくりしながら生きる。


ああ、ダメだ、涙が出て止まらなくなってきた。



いや科目が足りなかったのは完全に自分の責任だが、それゆえに口を開けば後悔と悲嘆の声しか出てこない。なんで私っていつもこうなんだろう。


もっとちゃんとやることをやっておけば、今ごろ同級生や先輩たちと試験対策の話ができたものを…。結局どこかで失敗して出遅れるのね。うーむ、何度考えても私らしい結末だ。



人生であと何度ミスをするのか、考えるだに恐ろしい。


2017年10月22日 (日)

明日の朝陽が…

もう駄目だ。憲法改正されるわ、これ。

戦争を知らない私でも平和が一番だと思うのに、その気になったら戦争に参加できるよう法を変えるなんて…。


世の中がそうなってきているから。

それが彼らの言い分らしい。いつの日か、おそらくアベだのアソウだのが天寿を全うされたあと、日本は平然と戦争をする国になっているのだろう。

「相手がやるから自分もする」という考え方はほんと危険だと思うんだけどな。誰かが「やめます」と言わない限りはどんどん連鎖して悪化する。なんでそれがわからんのだろう。





この台風の雨の中、私はもちろん投票に行きました。奴らに好き勝手させてたまるか!という気持ちを込め、公約で憲法改正を掲げていない最もマシそうな党に入れた。つまりアレとかコレとかの党ではない。

当確はアレの党に出ちまったけどな!




まぁ、どっちにしろ3分の2が取れなかったとしても、みどりのタヌキと手を組むから一緒だろう。そう気付いてからは少し冷静になりました。ああ、ほんとにクソみたいな世の中だ。




先週だったか、どこの党に入れようか迷っていると言うと、「どういう世の中になってほしいか、というのを基準にするといいですよ」と言ってくれた人がいた。

なるほど。私が望む世の中は…今の生活が少しでも楽になること。栄養失調になるほど食費を切り詰めなくても生きていけるよう、老後の不安が和らぐよう、明日の朝陽を見るのが少しでも怖くなくなるよう…!


という思いを込めて公約を見返したのだが、なかった。

明日の朝陽を見るのが怖くなくなるべく公約を掲げているところはなかった。大多数の政党が対象にしているのは、子育て、教育、そのへんである。


あるとすればせいぜい同一賃金、最低賃金の引き上げ。だが、公務員ならいざ知らず、民間でこれをやると今度は人員削減が始まる。最低限の人数で、少しでも(雇い主にとって)損がないよう仕事をさせようとする。

ま、国家公務員である政治家、あるいは恵まれた生活を送っている有権者にはわからんだろう。私みたいな民間の普通の貧乏人は嫌ほどわかる。誰かの給料を上げればそれ以外を減らして釣り合いを取ろうとする、それが卑しい現実。


かくいう私だって以前給料が(微々たるものだが)上がったとき、代わりに交通費を減らされた。「なんでや」と言いたいところだが、文句を言えば即クビ。そうなっている人を何人も見てきた。

こういうことも政治家の目には映らないらしい。




ご存じの通り、私は独身で子どももいない。生殖能力は残っているとはいえ、今後それが役に立つかどうかはわからん。もしかしたら生涯ひとりきりかも。

そういう奴に子育てや教育を重視しますといったって実感が湧かない。子どもは国の宝であるが、何をどうカバーしてもらったら子どもが幸せになれるのか、そこのところの基準がわからない。関係ないけど、スマホを持たせないようにした方がいいんじゃないのかね。


20代、それも低所得で明日の朝陽が見るのが怖い独身野郎を救済するつもりは、どうやらどこの政党にもないらしい。ふむ、ならば誰かと無理やりにでも子作りしろということか。そうでもしないと支払った税金が返ってくるチャンスはない…と、そういうことか。


無茶言うな!






それは冗談として、一昨日あたりからなんかアホらしくなってきて、今日も夕方からずっとボクシングを見ていた。

テクニカルノックアウトっていうの? CM終わってさぁゴングだ!と思っていたら、相手が戦意喪失して村井選手勝利!って、おいおい、それでいいのか。



ボクシングのルールはよく知らんけど、TKOってテクニカルノックアウトの略だったのね。個人的には長谷川穂積選手が好きで、初めてテレビで試合を見たときカッコいいなぁと純粋に思った。

何かを背負った人というのは勝っても負けても輝いているな。






ハァ、それに比べて…。私って一体…。

結局何も変わらず、明日以降、今後も同じ生活が延々続くってわけね。台風だし明日の朝陽は見れないかもしれないけど、新たな1日を迎えることがこんなに怖く思えるとは。



自分の生活を背負って初めての衆院選(前回は確か学生だった)だっただけに、ショックはデカい。

アベだのみどりのタヌキだの、あんな奴らに人生を左右されるとは情けない。ああ、台風で永田町ごと流されてしまえばいいのに。



それでも結果がこうなるってことは、社会が彼らを求めてるってことなんでしょうね。私ひとりがこんなところでワーワー言ったって、無駄を通り越してただうるさいだけ。

もういい、あれこれ呪いまくりながら眠りに就くとします。

どこかにいるかもしれない同志たちに幸あれ。




2017年10月 9日 (月)

秋の日は釣瓶落とし

この歳で初めてやったかもしれん。外勤中のサボり。

といっても15分ほど。自転車で「道に迷うといけないので」と早めに出発、事前にLINEで連絡しておいた人と落ち合う。


別にデートしていたわけではない。寄り道先はかつての同級生の職場である。目的地のすぐそばで働いていることを知っていたので、互いにサボりを承知でしばし語り合った。

そりゃこの歳になれば愚痴も文句も殺意も腐るほどありますから、できるなら1時間ほど喋って帰りたかった。が、この日やるべきことはそっちではない。仕方なく本当にしぶしぶ、またLINEするわーと声をかけて別れた。





昔の同級生との飲み会はたまに声がかかるが、なんだかんだ理由をつけて断ってしまう。1対1で喋るならまだしも、数人が集まる飲み会ではどうしても聞き役になってしまい、自分のことが喋れずフラストレーションがたまる。

管理人の手に負えるのはせいぜい自分を入れて4人まで。それを越えるとキャパオーバーに陥るらしく、飲み物をすすりながらひたすら聞き役に回る。お陰で今でも自分のことを話すのが苦手である。


…裏を返せば、管理人が参加した飲み会で、管理人の私事について耳にした者はほぼいないはずである。貝のように口を閉ざし、気配を消すのは上手ですから。

ま、たとえ話が回ってきても、「特に何も」で済ませちゃうから放っとかれるんだろうけどさ。2年前の同窓会も「特に何も」以外喋ることなく終わっちまったしな…。





どこかで言ったかなー。

来年早々、同級生の結婚式の招待が2件も入っている。



管理人はいまだかつて結婚式というものに出席したことがない。それ以前に正式に招待されたのは初めてで、これまでは「えっ、いつの間に結婚してたの!?」と事後報告で済まされていた。私、友達いないですから。


テレビなんかで見ていると、結婚式って歌をうたったりするじゃないですか。だから「家族になろうよ」とか練習しといた方がええの?と相談すると、「それはあんたがすることちゃうやろ」と…。

ブーケトスを受けたら次に結婚できるとか、受付担当するとロマンスが生まれやすいとか、断片的に情報があるだけでよく知らん。なんやかんや理由つけてこれもサボるか…。



自分がボーッとしているうちに周りは次々に結婚し、悩みや愚痴の内容が家庭に変わり、私みたいな独身モラトリアム野郎はますます孤立するってわけね。

そりゃ飲み会に参加したって話題に入れないだろ。





そういえば最近嬉しかったのは、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を取ったこと。『わたしを離さないで』は数年前に読んで今も家にある。

好きな作詞家さんの影響で読み始めたものの、科学の進歩の弊害ともいうべき深く残酷なテーマに感じ入り、一気に読破した。とはいえメディアは日本と関連付けて加熱しすぎ、あるいは村上春樹さんとの話題を取り上げすぎである。

(…あの人の作品は何度読んでもよくわからん。私の頭が追いついていないのだろうか、毎年ノーベル文学賞候補?に名が挙がるのが不思議でならない)





あと、某オークションに出していたドラクエXIはめでたく売れた。

買ったときの半額で売れたらいいやなんて思っていたら、それよりちょい高値で落札された。11月に予約したポケモンの購入資金に充てよう。


ゲーマーというほどでもないゲーム好きの管理人であるが、「パッケージも見たくない」と思ったのはコレが初めてである。無垢な子ども時代ならともかく、ひねくれた大人になっちまった今、ドラクエのシナリオはまさに「解せぬ」の一言である。

なにしろもはや、勇者と呼ばれる主人公の行動が狂気の沙汰としか思えんのだ。悪役たち、もっと頑張れ!奴(勇者)に天下を取らせてはいかん!と思うものの、システム上そういうわけにもいかず、悪役は次々にやられていく。


駄目だこれは…。売ろう。世界なんか救いたくない。

プレイヤーが放棄すればさしもの勇者も為す術はない。少しのためらいののち冒険の書を消去、別れを告げた。誰か優しいプレイヤーさんのもとで世界を救ってもらえよ。





そういう意味ではシミュレーションゲームは楽。無心で畑を耕したり、家畜に餌やったり、好きなキャラと恋愛したりできるんだし。


主人公とその取り巻きに都合いいハッピーエンドなど、世界ごと滅び去ってしまえばいいと思う。しかし、それができないのがRPGなんだろうな。主人公サイドに怒りを覚え、悪役に同情し始めたら、速やかに積むか売るしかない。

ドラクエに限らず、世界樹シリーズも実はそういうところがある。プレイヤーが悪役に加担し、勇者を討伐したあと世界を滅ぼすシナリオはさすがに用意されていない。とはいえ、ぶっ潰した世界をイチから作り直すのは大変だと思うぜ?








…はぁ、また無駄に時間を潰して3連休が終わってしまった。


紅葉の時期にどっか行きたい。生きとし生けるもの、栄華を極めたあとはみんな枯れてみすぼらしい姿に変わるのよ。と語りかけられている気がするので、管理人は秋が好き。

同様の理由で春は嫌いである。






ちなみにタイトルは亡き祖父から教わった言葉である。

自分が小学生だったか中学生だったか、秋の夕方に祖父と2人で道を歩いていたときのこと、「秋はあっという間に日が暮れて真っ暗になるやろ。それを釣瓶落としっていうんや」と教えられた。


管理人は昔から(良い意味で)イマジネーションが豊かなので、誰かが引っ張り上げた太陽をすとんと下に落とす想像をして怯えた。そのほか、「自分の中身は骸骨である」「世界に自分以外の他人が存在している」と知ったときも怖くなった。

子どものころいろんな想像をしすぎてこうなったんでしょうかね。



12月にはそんな祖父の一周忌がくる。

一言でいうと「妙な感性の変人」だったが、元気なころ教えられたことは今でもフッと意識に上ってくる。人は死んでも誰かの記憶の中で生きる、ということを生で味わわせてくれている祖父。私もそうなりたいものである。


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ひとりごと

  • 過剰なストレスが祟ってか、昔から指摘されていた歯ぎしりがひどくなってきた。寝ているときも起きているときも気付いたら奥歯を噛みしめている。意外と全身に負荷がかかるらしく、数日前から肩がこってサロンパスのお世話になっている。むぅ、歯ぎしり以外に発散の手立てを考えねば。いや考えるだけでまた奥歯を噛みしめているから考えるのをやめよう。
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