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2017年3月

2017年3月15日 (水)

通院日3/15

一日一善。

路上で拾った50円を募金箱に入れた。





晴天なのに雨が降る困った天気の中、今日は通院日だった。

例によって「緑内障手帳」を忘れ、向こうで思い出す。お薬手帳は(忘れるとお金がかかるから)間違いなく持っていくのだが、どうしてもアレはうっかりしてしまうなぁ。



今日は緑内障外来だけで、半年ぶりに黄斑と視神経(乳頭)の写真を撮った。…のだが、なんらかの人為的ミスで写真がきれいに映らず、「悪くなっているかわかりません」だと。

なんだそりゃ! そりゃアンタたちの眼じゃないから「わからん」で済むのかもしれないが、私にとっては問題だっつの。失明や視野欠損の危険がないか確かめるために写真を撮ってるんじゃないのか。わからんで済むか!

こんなんでもきちんと撮影代は請求される。おかしくねぇ!?



こんなことやってっから病院に強制捜査が入るんじゃないのか。撮影に失敗しても写真代を請求されるのはおかしい。「一応このまま同じ目薬を続けます」って、私はちゃんとインフォームドコンセントされていないぞ!







(以下、通院日と関係ない話なので追記扱い)




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2017年3月 3日 (金)

黙るは得だが腹が立つ

根がネガティブのせいか、ちょっとでもマトモなことがあるとすぐ「悪いことが起きる前触れでは?」と思ってしまう。不運にまみれていた方が自分らしいというか、かなりねじ曲がった性格と自覚している。


…それでもいいことばかりじゃないけどね。基本悪いことばかりだよ。底なしの逆境と現状悪化の中に生きている。それが自分。



主に仕事関係で猛烈にイライラする。怒っても仕方ないとわかっているから我慢するけど、たま~に発散しなきゃやってられん。小声で「死ね」を連呼するとちょっとだけ気が落ち着く。

あくまでちょっとだけな。








……大体さぁ。





「私って身体が弱いからぁ、これ以上負担をかけるとダメになっちゃうのぉ」

なんてことを口に出して言う人、生まれて初めて見た。まさに未知との遭遇



発言者は私より年上の人(♀)。

普段のちょっとした荷物運びとか、年末の大掃除すら絶対やろうとしない。「身体が弱い」ってなに? 私だって両目を網膜剥離で手術してるから、日常的に重い物を持つなとドクターストップがかかっている。なのに、荷物運びも大掃除もフツーにやらされてますけど。

そのくせ私の失敗やミスはうっとうしいぐらい指摘してくる。自分は何もしないくせに。こっちが仕事していても優雅にコーヒーを飲んでいる。ああくそ、煩わしい。恨めしい。





あと、別の人だけど、自分がなんでも一番でないと気が済まない人もいる。というか、アレは自分が一番だと完全に思い込んでいる。やたら偉そうに説教してきたり、諭してきたり、わざわざ丁寧に解説してくれたりする。

でも、その大半は「…イヤ、知ってますけど?」という内容。私は寛容だからそんなことは言わない。初めて聞きました的な顔をしてあげる。寛容だから。実年齢は相手の方が上なんだけど。







まったく…。どいつもこいつも私を相手にくだらねぇリビドーを埋めないでもらいたい。テニスの壁打ちと同じでまともな反応は返ってこないと思え。

某知人によると、私の長所は「黙る」ところらしい。怒ると黙る。口を閉じる。そのせいで相手に調子に乗られる(言い負かしたと思われる)。オマエが黙れ…。


まぁ、専門職の人間としては問題ない。むしろプラスかもしれない。ただ組織人としては苦労する。阿呆どもと喧嘩して何になる?とはっきり口に出せたら楽なのだが、私にも一応理性というものがありますので、なかなかそうはいかん。




職場の連中と馴れ合う気はさらさらないし、仕事関係の話だけ通じていればいいのだが、「黙る」が基本になるとどんどん何も言わなくなる。いいことも悪いことも。昨日あったことも来週あることも。まともな日常会話をしなくなる。

もちろん必要最低限の会話はしますよ。組織人として当然やるべきことはやります。ただ、それ以外の会話(俗に言う雑談)はしない。昨日見たテレビの話とか、今日作る晩ごはんの話とか。昔はもうちょっとしていた気がするが、最近はめっきりしなくなった。




理由は簡単だ。何か話そうものなら、それについてのウンチクを語られるか、あるいは説教されるか、間違いを指摘される。何を話しても必ずこのうちのどれかになる。まともに会話しようって気にもならねぇだろ。

どうせ話しても無駄だ。楽しくないと思うんだよ。相手が私だからまだいい。だが、これがクライエントだったらどうするの? 話しても無駄だと思わせるような態度を取るなよ。あんたらこれでも専門家だろ?


どんなにうまくオンオフ切り替えたって土壇場では素が出ます。常日頃から「この人に話したら気持ちが楽」と思わせるような生き方をしろよと思う。ハッキリ言うけど、あの人たちに話をしたってなんの実りもない。無意味。無感動。

私はともかく、患者さんやクライエントにこういう思いをさせているとしたら、あの人たちは専門家としてまるきり失格である。





カウンセラーはクライエントを映す鏡になれ、というのは先人の教えである。私も常にそうなれるよう努力しているが、職場の阿呆どもを映す鏡には死んでもなれない。


おもいっきりリフレクション(反射)してやりてぇ。


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ひとりごと

  • GYAOで『ペット・セメタリー』を観た。ホラー小説で有名なスティーブン・キング原作である。この手の映画はなぜヤバい奴がいるとわかっている屋敷にひとりで踏み込むのだろう。バラバラにされた人体の一部でも降ってきたらどうするんだ!と思ったが、そんなことはなかった。ちなみにペットとタイトルに名がついているものの、結局一番怖いのは人間だと理解した。
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