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2016年12月21日 (水)

通院日12/21

今日は暦の上では冬至らしいが、我が家にはユズもカボチャもありません。というか今日はむしろ季節外れの暖かさで、半年に一度ドラキュラになる私には酷な1日であった。


11月から6連勤→5連勤→6連勤とテンポよく(?)働かされているところ、祖父の死去とお通夜および葬式、職場の忘年会と大掃除、その他モロモロの出来事が重なり、今日の通院日をほとんど忘れかけていた。久しぶりに休めるわーと無邪気に喜んでいたら、あるときふと脳を直接抉るような痛みに襲われた。そうだ、休日に合わせて通院日を入れていたのだった…。

時間にすればそんなに働いているわけではないが、この心身の疲労は何なのだろう。なんかもういろんな意味でズタボロだよ。もう今週末の3連休を糧に生きるしかないわ…。






今日は緑内障、網膜剥離の診察。画像検査と視野検査あり。左目の手術ののち、通院加療が始まってから丸5年が経過した今、これはまた昼飯が食べられないパターンだな、とピンとくるようになった。今日は14時半に食べられたのでまだマシ。

前回もらった「緑内障手帳」をいきなり忘れ、「次回は持ってきてくださいね」とやんわり諭された。数時間待ちは当たり前なので参考書は忘れずに持っていったが、手帳のことは完全に意識から抜けていた。それに加え、いつも事前に補充する財布の中身もギリギリで、ちゃんと払えるかどうか直前までヒヤヒヤした。


ちなみに今日、向こうで血圧を測ると94/55であった。普通、病院では通常より高く出るというのに、やっぱり疲れているのだろうか。めまいも立ちくらみもないし、朝はむしろ強い方だし、一時的なものだったらいいけど。そういえば近ごろ味覚がおかしいときがあるが、これも血圧が影響しているのか…?




それ以外は画像検査も視野検査も問題なしでした。今日の空はきれいな快晴だったが、お陰でドラキュラ化した私は猛烈に苦しんだ。強制的に瞳孔を開かせる目薬をさしているせいで、直射日光を浴びると灰に…ではなく、外界が眩しすぎて目が開けられなくなる。日向を避けて日陰を歩かざるをえない、半年に1度の悲しいドラキュラ現象である。

こういうとき、横断歩道の音は本当にありがたいと思う。どうしても屋外の横断歩道を渡らねばならないとき、音付きだと「今は渡れるな」とか「もうすぐ赤になるな」とか聴覚で知ることができる。…大げさだと思っているかもしれないが、散瞳の目薬をさした人間にとって太陽光線ほど酷なものはないんだからね? 独りで外を歩くのはマジ危険。聴覚からの情報がどれほど役に立つことか。





緑内障の次回の診察は3月、網膜剥離の方は6月。通院日が巡ってくるたび、「また1つの季節が終わったなぁ」なんて寂しい気持ちになってしまう。次の診察のころにはおそらく花粉症で苦しんでいるでしょう。

それにしてもあれからもう5年か。あの4泊5日の入院は楽しかったなぁ、なんて今でも思ってしまう。冷暖房完備の場所で、(あのころはまだ学生だったので)勉強もしなくていいし、黙ってても食事は出てくるし、きっちり決まった時間に寝起きできるし、まさに天国のような空間だった。年齢が一番若かったせいかおばあさんたちにも可愛がってもらったし~。




それに比べりゃ外の世界はいかにストレスにまみれていることか。手術は二度と受けたくないが、ストレスフリーな入院生活にはつい憧れを見出してしまう。


あと1週間ちょっとで新年とか信じたくないな。私は毎日必死にもがき苦しんでいる自覚があるので、抱負とか反省とか特にない。書籍で『明日死ぬかもよ?』ってのを見たことがあるが、私はたぶんこれが発売されるずっと前から明日死ぬ覚悟で今日を生きている。要するに毎日が全力疾走。明日死んだとしてもまったく悔いはない。

なので、たぶん2016年も2017年も同じようなことをして過ごすのでしょう。今年は年賀状を出さないので余計に年越しって感じじゃないな。例年、自分が歳を取った自覚がますます強くなっていくだけさ…。















思い返してみれば、今年はお別れする命がたくさんあった。



金魚が立て続けに5匹、鳥が2羽、それに自分の祖父。動物と一緒にしたらじいちゃんに怒られるかもしれないが、喪って悲しいのはどれも同じ。無くなっていい命なんてない。

なので今年は新年の挨拶をしないのだが、実は知り合いの誰にも連絡していない。忌引を取るため職場には言ったが、それ以外は誰にも言っていないのでたぶん普通に年賀状が来るでしょう。来た人だけ寒中見舞いを送ればいいや、なんて考えている。



これに限らず、最近あんまり人前で自分のことを話さなくなった。個人的な悩み事とか、心配事とか、身内にも相談できずひとりで解決している。昔の記事で書いた気がするが、悩みを持続させるにも素質が必要、他人を頼ることができるのも一種の才能である。

私なんか昔から誰にも頼れないタイプで、よほどのことがない限り自分の内面を明かさない。なので「かわいげがない」なんてよく言われる。祖父の死を知り合いの誰にも連絡できないのも、「だって言ったって仕方ないじゃん」なんて…ああ、かわいげがない。





亡くなったじいちゃんも、どちらかというとそのタイプだったらしい。ヒステリックに怒り出さない代わり、感情そのものを外に出さず、何を考えているかわからない。口数は少なく、人との親しい関わりを求めない。それでも誰かの力になりたいという思いは強く、死んだあとは慈悲深い仏になるため修行の旅に出ている(らしい)。


宗教上のことでよくわからないが、うちのじいちゃんが仏にな(ろうとす)るなんて、現存する仏の連中は何をやっているんだ? わざわざ人間が仏になろうとするってことは、今の神様や仏には任せてられんってことだろ。確かに現代、貧困も戦争もなくならないもんな。

煩悩だらけの私は仏にはなれない。しかし、身内で一番自分に近いと思うのはやっぱりじいちゃんである。亡くなる以前、ほとんど意識もなく寝たきりの状態で会ったとき、それでも自分には一番身近に感じた。亡くなった今も、他のどんな生者より近い気がする。





じいちゃんの死後、身内の間では墓問題が勃発している。諸々の事情があり、じいちゃんの遺骨が入る墓はない。ついでに言うと私が入れる墓もない。この際、お金を出し合って墓を買うかどうするか、という議論が続けられているのである。

巷で流行りの樹木葬にするという案が濃厚だが、それだとじいちゃんと妻であるばあちゃんしか入れないらしい。両親および弟、ついでに私は入れない。全員が入れるやつにすると膨大なカネがかかり、それを管理していく手間も当然かかってくる。永代供養はあかんの?と聞いたのだが、なんかよくわからんがそれは嫌らしい。


弟などは自分が入る墓を欲しがっている(まだ若いのに…)が、私はそんなもんいらんと思う。祖父母や両親はともかく、私が死んだところでそのシカバネや遺骨にはなんの価値もない。花壇にでも撒いてくれたらいいし、身内と一緒の墓に入るのは絶対嫌だ。



どこかで聞いたのだが、自分の遺体を献体に出せば葬儀代が浮くらしいじゃん。弟にでも同意書を書いてもらって、マジでそれに登録しようかと考えている。両親に言えば怒られそうなので祖母にちょっとだけ話した。自分が死ねばあとは切り刻まれようが焼き焦がされようが勝手だし、遺骨は無縁仏としてそこらの寺に放り込んでくれと弟に伝えておけばよい。


じいちゃんの葬式以来、自分の死後の遺体の処理、墓問題、なにより遺書の大切さを痛感した。「死んだあとはこうしてください」ってちゃんと書いとかなきゃ駄目だね。ほんとのほんとに、明日死ぬかもしれないのだから。



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ひとりごと

  • 趣味関係で浮かれ騒ぎながらも、じいちゃんの初盆の墓参りにはちゃんと行きました。近い身内が亡くなったのはじいちゃんが初めてで、本人の魂は今どこにあるのだろう?と真剣に考えてしまった。遺影と位牌は実家にある。遺骨と墓は霊園にある。本人の身体は焼けて煙になった。なら魂はいま何処に? お盆ってそもそもなんのためのイベントなの?冷静に考えると不思議だ。
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