« なにくそ | トップページ | 鑑賞『ファンタビ』 »

2016年11月17日 (木)

白髪の夢

なんか…

自分が白髪になる夢を見た。


今のところまだ一本も見つけられてないのだが、あれが正夢にならないことを祈る。そういえばストレスで円形にハゲる夢も見たことがある。頭皮のツルツルの地肌を触った感触さえあり、目覚めてから夢でよかったと心から思った。





気を取り直して、今日のばんめし。

_20161116_220316

これでも一応ポトフ。具材の中ではじゃがいもが一番うまかった。レシピにはくし切りやら一口大やら書いてあったのだが、いろいろやっているうちほぼ乱切りのワイルドな料理になった。

自分の手腕に自信がないからだと思うけど、いつも常にお腹を壊す恐怖心を持っている。食べる前にめっちゃドキドキするし、食べ終えたあとも2時間ぐらい経たないと安心できない。今まで壊したことはないんだけどね。気持ち悪くなったらすぐトイレに、と考えながら食べているので、ぶっちゃけ何食べても全然おいしくない。






なんだかんだがあって、今レポートを書いている。しかし、そのテーマが『現代日本の貧困について』。なぜこれを私に書かす? 本が1冊書けるレベルで筆が止まらなくなるよ。


貧困と一言でいってもいろいろあるが、現代は単にお金や物がない=貧困ではなく、それ以外にもっと決定的なものが腐っている気がする。


劣悪な労働条件、違法な過重労働、正規と非正規の待遇差別、男尊女卑、少子高齢化、社会的格差…云々。安定した社会的立場が得られず、満足なサポートも受けられず、なおかつギリギリの生活条件および精神状態で生きていることを貧困と呼ぶのではなかろうか。

とはいえ紛争地帯のような状況下では社会的格差もクソもないだろうし、いつでも欲しいものが手に入る平和な国だからこそ生まれた貧困であろう。私は戦争のない日本に生まれてよかったと思う一方、生活困窮者や社会的弱者を阻害する社会のカベを憎らしく感じる。




社会というのは本当に残酷なシステム。私自身、大学時代からずっと興味あるのは社会心理学である。人間が勝手に作り出した集団の中で、いかにマイノリティが苦しみ悶えなければならないか、そういうテーマを論じ続けて現在に至る。貧困もたぶんそのうちのひとつで、大半の日本人はこんなテーマを真剣に考えなくても生きていけるのでしょう。


…だが、私はそういうのが一番嫌い。いかにマイノリティであれ論じろよ、と思う。

「考えなくても生きていける」という意識が社会的格差を生むのではないか。自分へのご褒美にヴィトンのバッグを買いました。でも貧しい人だってセール品の安いバッグなら買えるからいいじゃない。なんていうことを平気で言う奴、けっこう身近にいる。



どんなに貧しかったってたまにはおしゃれを楽しんだり、贅沢をする権利ぐらいあるでしょう。私だってひたすら困窮した生活を送っているが、実は財布はCOACHである。20歳ぐらいのときアウトレットで買った年代もので、それに関して皮肉を言われても何も言い返せない。自分の散髪代をケチってゲーム代に充てているぐらいだからな。

要するに「貧困」とはお金があるかないかではなく、おそらく精神的・社会的に充たされているかどうかによって決まるのだろう。どんなにお金がなくたって精神的に充足していれば幸せになれる。社会的に安定していればもっといい。誰かさんの場合のように、経済的にも精神的にも社会的にも困窮した状態、それすなわち現代の貧困といえる。





もちろんレポートで自分の話はしないが、ごく身近に適当なサンプルがいるので現状は書きやすい。私だってちゃんと正規品で財布とか買いたいけど、何事によらず「値段が下がるまで待つ」が日常化してしまっていて躊躇する。日用品はもちろん食べ物まで。

今ではちょっとの病気で病院に行くのもためらうし。歯医者の定期検診も行けなくなったし。散髪代が捻出できなくて自分で髪を切るようになって何年になるだろうか。



…あれから一度も現状は改善しないままか。いや、むしろ悪化している気がする。安定した生活ってなかなか手の届かないところにあって遠いなぁ。


なんか最近こんな記事ばっかりで自分が情けないわ…。















追記として懺悔する。



昨日から今日にかけて、町をうろつく私を目撃した人々(仕事関係)がいたという。聞いたところによると、ある人は私に「おはようございます」と挨拶し、またある人は車のクラクションを鳴らして合図してくれたらしい。


なのに…


私は何も気付かなかった…orz



あとで言われるまで知りませんでした。「挨拶したのに無反応だった」ってそりゃそうだよ。注意向けてなかったんだもん。本当にすみません。


こういうこと言うのもどうかと思うが、私は道を歩いていてあんまり前や周囲を見ていない。大抵の場合、このへんはどんなポケモンが出るのかなぁとか、昨日の夢はまた変な内容だったなぁとか、どうでもいいことを考えながら歩いている。歩きスマホをしているわけでもないのに、視線は常に斜め下。

それでも意識が仕事モードになっていれば多少はましになる。ただしプライベートの場合は声をかけられても気付かない。クラクションを鳴らされても気付かない。私がいかに自分の前や周囲を見ず、足元や斜め下の地面ばかり見ているかがよくわかった。



…なので、明日からは顔を上げて道を歩く努力をする。

上を向いて歩こう、より以前に、前を向いて歩こう。



行く末を悲観してばかりだと幸せが逃げるぞ。どんなにお先真っ暗でもちゃんと前を向いて歩まなければ。せっかくプライベートで陰気な顔をしている私に声をかけてくれたのに。そもそも気付きもしないとか最悪だ。こんなんでは駄目だ。


ひどく反省した。




« なにくそ | トップページ | 鑑賞『ファンタビ』 »

Ⅶ.雑記保管庫」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1595360/68458370

この記事へのトラックバック一覧です: 白髪の夢:

« なにくそ | トップページ | 鑑賞『ファンタビ』 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

ひとりごと

  • 趣味関係で浮かれ騒ぎながらも、じいちゃんの初盆の墓参りにはちゃんと行きました。近い身内が亡くなったのはじいちゃんが初めてで、本人の魂は今どこにあるのだろう?と真剣に考えてしまった。遺影と位牌は実家にある。遺骨と墓は霊園にある。本人の身体は焼けて煙になった。なら魂はいま何処に? お盆ってそもそもなんのためのイベントなの?冷静に考えると不思議だ。
無料ブログはココログ

↓ランキング参加中