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2014年10月10日 (金)

嫌われ者の日常

今の職場の何が楽かって、人間関係のトラブルが(私が気付いていないだけかもしれないが)少ないこと。もちろんどこにだって嫌われ者はいるし、いつも悪口が絶えない人もいる。私はいつもそれをぼんやり聞いている。

何事も同類にならないことが肝心である。他人のことを悪く言う人は、どこかで同じぐらい他人に悪く言われている。そう思うから私はあんまり他人の悪口を言わない。……悪く言わないだけでネタにはするんだけどね。


個人的には、悪口も仲間外れも嫌いである。自分がされていなくても、誰かがされているのを見ると嫌な気分になる。たぶん、これまでさんざんいじめられた自分の経験があるからだろう。あからさまに言われる悪口も、あからさまに避けられる仲間外れも、その辛さは痛いほどにわかる。相手がどれだけ人間性に問題がある嫌われ者であっても、いじめたり避けていい理由にはならない。

実際、私もいまだにそういう仲間外れを受けている。今の職場ではないが、昔の同級生連中がその首謀者(?)。あの中では私が唯一LINEをやっていないので、私だけ遊びの誘いが来ないのは日常茶飯事。近ごろでは、私が仕事で参加できない日をわざわざ選んで飲み会を計画し、それを私が目の前にいるところで時間や待ち合わせ場所を決めていた。私はもちろん蚊帳の外。
……なんていうか、ここまで清々しく仲間外れをされるともういいやって気になってくる。私はみんなの嫌われ者なんだから仕方ないよ~と思ってそれで終わる。私は他人からよく「懐が広い」と言われるが、こういうところがそう思われる理由ではないだろうか。


ちなみに、私が猛烈に怒るのは金銭が絡んだときのみ。その相手のために食事代(という名の無駄金)を使ったとか、そういう場合。相手のおごりだとか、自分の金銭が絡まないケースであれば全然怒りません。



そういう個人的な事情もあって、自分以外の嫌われ者には興味がある。その人はなぜ嫌われているのか、敵は何人いるのか、具体的にどういう扱いを受けているのか、興味津々で眺めている。……誤解しないでほしいが、私はけっしてその人の味方にはならない。嫌われ者同士で集うほど悲しいことはない。私は自分が嫌われ者であることを自覚しながら、それでいて大衆の中に交じることを選んでいる。いずれは孤高を選ぶのもひとつの選択肢だが、今はまだ普通の人の顔をしている方が得策だと思う。


また、嫌われ者は理解者がとても少なく、私など友達がひとりもいない。そのくせ「独りが好き」という気持ちと、「友達が欲しい」と思う相反する気持ちが常にせめぎ合っている。どっちかはっきりしろよ、という話であるが、私にとってはどちらも真実の気持ち。自分の中の針が右から左へ振り切れるようなもの。「独りが好き」⇔「友達が欲しい」の間を常に行き交っている。

友達は欲しいが、同じ嫌われ者の友達は欲しくない。……なんだろうな、この気持ちは単に贅沢なのだろうか。まともな友達が欲しい? 自分を理解してくれる人が欲しい? だけど、嫌われ者を理解できるのは結局のところ同じ嫌われ者ぐらいしかいない。
同じ嫌われ者以外で自分のことを理解してくれるまともな友達が欲しいが、たぶんそういう人の周りにはすでに同類の人間が集っている。要するに、まともな友達が欲しいと願えば同じ嫌われ者同士で争わねばいけない。それもアホらしいと思う。わざわざそんな馬鹿げたことに手を染めるほど友達を欲しいとは思わない。……堂々巡りである。





つまるところ、自分だけの友達を欲しいと思うのだろうか。

自分と同じような嫌われ者がわんさか集う、まともな人気者とは縁がない。だからレベルを少々下げて、そこそこ自分のことを理解してくれて、自分だけの心配をしてくれる、そんな人と友達になりたいと思うのだろうか。そんな人が現実にいるのかな。いるとしてもやっぱりみんなの人気者だろう。


誰も自分だけの友達になんかなってくれないのである。私はよく「自分が2人いたら楽だろうな」と思うが、そんなのはゲームの世界だけで現実では到底実現不可能。自分と同じ人間がこの世にいるはずがないし、いると錯覚するのはまた別問題である。

この世にはどれだけ望んでも手に入らないものがある。だから人は夢を見る。欲しいものが手に入らない代わりに、人は非現実的で無鉄砲な夢を見る。それは人気者にはけっしてわからない、嫌われ者の苦悩の現れである。なので、嫌われ者には夢想家が多いのではないかと密かに考えている。



悩みなき人気者は夢を見ずに生きられるのだろうか。夢の世界でなく現実で欲しいものを手に入れられるから……? 私など無鉄砲な夢を見すぎては、現実では絶対に手に入らないものを渇望している。そこが普通の人とは違う自分のネガティブな部分なんだろうな。


あれは『相棒』のドラマだったか、「孤独と孤高は違う」という台詞があった。孤高の存在になれたらカッコいいが、あいにく私はまだ「孤独」の段階。だって私はこの状況にちっとも満足していない。嫌われ者ではいたくないと思っている。
誰も好きこのんで嫌われ者になっているのではない。私を嫌われ者にするのは、自分自身ではなく自分以外の社会全般である。みんなが嫌いだというから、私は嫌われ者になる。私がひとり自分のことを嫌いだといったところで、それは嫌われ者ではないだろう。みんなが嫌うから私は嫌われ者と呼ばれるのである。




普通の人になりたいと思う。友達と呼べる誰かと一緒に出かけたり、買い物にいったり、カラオケに行ったり、一度でいいからそういうことをしてみたい。
ちなみに今は、地元の水族館に行きたい気持ちが大きい。いつか行こうと数年前から考えているが、いまだに友達ができないので実行に移せていない。ひとりで行くのもアレだし、誰か友達ができたら行こうと思うのだが、そういう場所が増えるばかりでひとつも実現できない。果たして死ぬまでに実行できるだろうか……。



死ぬまで友達が0人、ということも現実問題としてあり得るのだろうか。今の世の中だとあり得るかもしれないな。となれば、私を待ち受けるのは孤独死か……。哀れな人生だな。来世では成功できるように、(もう遅いかもしれないが)今のうちに徳を積んでおこう。




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コメント

ちょっと気持ち分かります。求めても手に入らない
苦しみを求不得苦というらしいですよ。世の中
求不得苦ばかりですよ・・・。友達はモンハン
やったらできるかもしれませんよ!

コメントありがとうございます。

別に自分から求めてはいないんですけどね。できないなら一生できないままでいいんですが、それも寂しいなぁ……と矛盾した思いを抱いてしまうわけです。
ゲームを通じて知り合った人が本当の友達になれますかね……? なんだか疑り深い思いを抱いてしまうので、それも私には無理だと思われます(笑) 我ながら面倒くさい人です。

なんだか、自分みたいでほっとした。

いつも、嫌われないようにあまり余計な事は言わないようにする、とか、面白くない話とかはシラけるし、相手も反応に困るだろうからしないように気をつけてるけど、どうして嫌われるんだろう…。
無口なのは好かれるって聞いたことあるけど、私の周りでは口数多くて悪口もしょっちゅういうひとのほうが、仲良い友達に囲まれてて羨ましいなぁ。
話しかけられたときはみんなに笑顔で明るく対応するようにしてます。もう疲れました…。嫌われたく無いだけなのに、無口って孤独だな…。
長文失礼しました。だらだらまとまりの無い個人的な話をしてしまい、すみません。

いえいえ、とんでもありません。
コメントありがとうございます。

無口なほうが好かれるんですか? 私はうるさいって怒られるぐらいよく喋りますよ。それでも嫌われるんだから私の場合は別のところが原因かもしれません……
嫌われる理由って自分にはよくわからないですよね。嫌うのは自分ではなく他人なんだし。はっきり言えよって気分にもなります。

私は無関心より嫌われるほうがましだと思っているし、黙っているより何か喋って嫌われるほうを選んでいるかも。「あの人、嫌いなんだよね」って話題にされることを楽しんでいるというか……。そんなことをやっているから私はますます嫌われるんでしょうね~。

お返事ありがとうございます。確かに無口ってちょっと気味悪いって思われてるのかも、と反省しました…。嫌われるっていうか、何と無く避けられる感じなんですが(おなじことかな?)自分にも悪い所が必ずあるはずだし、それは直したいので気をつけたいと思います。でも、もっと積極的だった頃も嫌われてたような気がするので結局それがトラウマだったのかも、と思いました。…。居場所が何処にも無いです。嫌いになるのは他人だからなかなか自分では気付けないものだ、と書いてくれたのを読んで、まさにその通りだと思いました。納得です。
友達欲しいけど、同じ嫌われ者と仲良くなって、ずっとふたりでいたら楽だと思うのですが、周りの視線が痛いので(あのふたりは同類だよねって思われそう)できません…。惨めな気がします。(プライド高いのか?)また長文になってしまい、すみません。でもあまり言ったことの無い悩みで、書いただけで少しマシになりました。ありがとうございました。

えー、そうですか? 私は無口だから気味悪いとは思いませんけどね。
無口であれ積極的であれ、無理して演技をしていても疲れるだけです。私などは自然に自分に合った接し方をして、それが気味悪いとか嫌いだとか言われるなら、もうその人とは仲良くしないだけ。嫌うならどうぞ嫌ってくださいって感じ。だから私は友達がいないんだと思います(笑)

何をしても他人に嫌われるかもしれない……と頭に浮かぶと辛いですよね。ただまぁ……私は誰かに好かれるために人生を生きているんじゃないっていつも思っています。もちろん、友達は多い方がいいし、他人に好かれるか嫌われるなら好かれる方が幸せだと思います。ただ、私の人生はそれだけじゃないし、他人に好いてもらうために日々を頑張って生きているのではない。自分の好きなことをして、それで他人に嫌われるならそれでもいいと思っています。

……私こそ自分の個人的な話をしてすみませんでした。
もちろん、これが正しいってわけじゃありません。私にとって楽な生き方だというだけです。こちらこそ、ご丁寧にお返事をくださりありがとうございました。

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ひとりごと

  • GYAOで『ペット・セメタリー』を観た。ホラー小説で有名なスティーブン・キング原作である。この手の映画はなぜヤバい奴がいるとわかっている屋敷にひとりで踏み込むのだろう。バラバラにされた人体の一部でも降ってきたらどうするんだ!と思ったが、そんなことはなかった。ちなみにペットとタイトルに名がついているものの、結局一番怖いのは人間だと理解した。
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