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2014年10月30日 (木)

なぜ人は後発品を使うのか

私の職場は、ざっくばらんに言うと医療機関である。


世間は後発品(要するにジェネリック)を推奨する風潮に染まっている。まぁ、その理由はわからなくもない。少子高齢化に伴い、毎月の医療費は馬鹿にならないし、名前が違う薬を同じ効能で安く使えるならそれに越したことはない……と思うのも当然だろう。

……だが、私は思うのだが、重要なのは「医療費をいかに安く抑えるか」ではなく、「いかに医療機関にかからずに済むか」ではないだろうか。私も網膜剥離や緑内障予備軍で数ヶ月に1度通院している身分だが、それでも医療機関にはかからずに済むならその方がずっと幸せで、家計的にも平和だと思う。医者にかからずに済むならそれに越したことはない。
医療機関に勤めているからこそ、医療機関にはできるだけ(患者として)行きたくないと思う。たぶんどこの医療従事者もそう思っているのではないだろうか。



私の個人的な思いはともかく、調剤薬局では現在、特別な事情がない限りは後発品を使え、とお偉い方から命じられている。「命じられている」……とはけっして大げさな表現ではない。どこでもそうなのかわからないが、調剤薬局によってはその薬局が一定期間に処方した後発品のパーセントを算出し、それが基準よりも低ければ指導が入る(のか、厳重注意を受けるのか、詳しいことはわからないが、とにかくダメ)……という規定がある。

本当かどうか知らないが、調剤薬局が一定以上の後発品を患者に処方すると、それに伴って国からお金がもらえると聞いたことがある。とにかく私は、少なくとも雇い主から「患者にはできるだけ後発品を勧めて、実績のパーセントを上げろ」と言われている。これは本当に、軽く「命じられている」。その理由は「患者に安く薬を提供したいから」ではなく、「お金をもらいたいから」ではないかと訝っている。


そもそも、後発品は先発品と比べてまったく同じではない。……というのは私が関わる複数の医師の意見である。後発品とは、簡単に言うと特許が切れたレシピを使った料理のようなものである。作り方は同じでも、原材料やトッピングの仕方によっては味が違う。というより違っていて当たり前である。薬も同様で、レシピは同じでも使う成分の配分量やコーティングの仕方が違っていれば、その効能はおそらく異なる。

医師によっては先発品の7~8割の効能しかないと言う人もいる。また、薬をコーティングする成分に何を使うかは製薬会社の自由なので、その成分によってアレルギー反応を起こす人もいるという。要するに、たとえば同じカレーのレシピでも、それにアレンジでハチミツやチーズを加えるのはレシピを提供された側の自由ということである。それでも調剤薬局や製薬会社は「まったく同じ商品です」と言って出す。それでもしアレルギーを起こしたらどうするのか? そのための保証があるという話はまだ聞いたことがない。それなら先発品に戻せばいいじゃん、お好きにどうぞ、というだけの話で終わると思う。




ちなみに知り合いの医師から聞いた話だが、後発品を製造する会社は某省の役人の天下り先になっているという。国民の社会福祉や保障を推し進める(はずの)省である。だからこそ、先発品を作っている会社は頭が上がらない。甘い汁を吸っている人々はこぞって後発品を使えと言う。後発品の発注をもっと増やせと言う。そして表向きは、「患者様にまったく同じ薬を安く提供できます」ときれいごとを言う。


処方箋を発行する病院や診療所にも恩恵がある。処方箋に薬の「商品名」ではなく、「一般名(成分名)」が使われているのを見たことがあるだろうか。たとえば「ロキソニン」は商品名。「ロキソプロフェン」が成分名、すなわち一般名である。

一般名が処方箋に書かれていた場合、薬局はこの成分に準ずるものであればメーカーが違っても薬を処方することができる。誤解を恐れずに書けば、要するに同じ成分が使われたものであれば何を調剤しても良い。調剤薬局に判断に任せます、というのがこれである。
この一般名が1項目でも書かれた処方箋は、わずかながら点数が高い。それは処方箋を発行した医療機関で患者が支払う医療費の中に含まれているはず。加算がわずかであっても塵も積もればなんとやらで、処方箋を受け取る患者が増えれば増えるほど充分なカネになる。そりゃあもう、皆さん病院に来て処方箋を受け取って、薬局では後発品をどんどん使ってね~という話にもなるでしょう。

先発品の商品名が書かれていた場合も、大概の薬局は「後発品に変更できますが、どうしますか」と尋ねてくる。もちろん変更するためには患者に確認するのが絶対条件。勝手に変えるのはご法度です。私が勤めるところでもよくトラブルになっていました。





私に限って言えば、必ず医療機関にかかるときは「先発品のみ希望」とはっきり告げる。何が入っているかわからない後発品は怖くて使えないし、病院や天下り役人の私腹を肥やすのは嫌だからそういう意味でも断固拒否する。


私はなんだかんだで医療機関に勤めていますが、下っ端すぎてその恩恵をまったく受けておりません。受けていればたぶんこんなことは書いていないでしょう。私はどの医療機関に勤めていても、そこの職員でありながら同時に患者でもある。だって数ヶ月に1度、必ず行きつけの眼科に通う身だもの。行くのをやめたら失明の可能性すらある。

医療機関にかからずにいられる幸せ、医療費を払わずにいられる幸せ、信頼できる医師と信頼できる薬に巡り合える幸せ、私はそういうものをひとりの患者として切望している。だから後発品というモノを鼻先にぶら下げ、本音を隠して患者に売りつける関係者のことを心から許せないと思う。
私は自分が医療機関に勤めながら、医療機関のことをものすごく嫌っている。私の周りの人々がしていることは本当は間違っているのかもしれない。そう疑心暗鬼に陥ることもけっこうある。……変な話だが、だからこそ私はあそこで仕事をしているのだと思う。私は自分がやっている仕事が正しいとは思わないし、こっそり逆らうこともある。別に犯罪に手を染めているわけではないが、100%正しいと思わない仕事にわざわざ従事しているとなれば、私は一体なんのために仕事をしているのだろう?






……まぁ、食い扶持を稼ぐためでしかないでしょうな。


要するにモラルのない職員のひとりかもしれない。モラルを持てというなら、そっちがモラルを持てるような職場にしろよと思う。反発心の塊のような私は、大体どこに行っても職場の色に染まらない。染まったような顔をしながら、隙あらば雇い主の手に噛みつこうとする。それが嫌なら給料を上げろ、と心から思う。


そもそも職場のために働くというのがよくわからない。それがわかっていれば、私は自分が嫌だろうがなんだろうが他人に後発品を推進する方向に動くだろう。たぶんどれだけ高い給料をもらおうが、私はけっして職場には従わず、自分自身に従って動くでしょう。今でも自分が嫌なのに他人に勧めるのはよくないんじゃないか~と思っている。最後は個人が好きにすればいいと思うけど。




今日はなんだか無性に言いたくなったから書いた。別にこれで何かを変えようという気はない。

どこかで読んだ記事だと思うけど、生活保護の人には原則として後発品を処方し、それでも先発品を希望する人には後発品との差額を請求する……という案が出ているらしい。別に生活保護の人を擁護するわけじゃないが、要するにこれは先発品を希望する権利を金で買えということだろうか。それが嫌ならまっとうに働け、と? 言っていることがわからないでもないが、後発品の売り上げを増やすために生活保護の人を利用するのはどうかと思う……。擁護するしないの問題ではなく、なんだかそこが一番おかしく感じる。






……先日、大好きだった家族の3周忌も過ぎ、私の生きる意味ってなんだろうと答えのない問いを続けている。誰とどこにいても、けっして思想に染まらずゴーイングマイウェイである。こんなヒトがいつまでも社会に出ていていいのだろうか? いつか何かとんでもないことをやらかす気がしてならない。


10月29日、遺影に線香を上げ、手を合わせたときの自分の殊勝で純粋な思いをいつまでも忘れずにいたいと思う。



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ひとりごと

  • 趣味関係で浮かれ騒ぎながらも、じいちゃんの初盆の墓参りにはちゃんと行きました。近い身内が亡くなったのはじいちゃんが初めてで、本人の魂は今どこにあるのだろう?と真剣に考えてしまった。遺影と位牌は実家にある。遺骨と墓は霊園にある。本人の身体は焼けて煙になった。なら魂はいま何処に? お盆ってそもそもなんのためのイベントなの?冷静に考えると不思議だ。
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