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2014年9月23日 (火)

優しくならなきゃ

……きっかけはエ○キュートを巡るトラブルで、電話口にて私が業者に対してキレたこと。

親は「そんなん言われるようなことをする方(業者)が悪いんや」と擁護してくれたが、先方は今も私の暴言を気にしていたらしい。先日、トラブルの鎮静化を図るためか家にやってきたのだが、「電話口でとてもきついことを言われまして……お嬢様によろしくお伝えください」とうちの親に言っていたとあとで聞いた。

「きついこと」ってお前が表現すべき言葉じゃねぇだろ、と思うのだが、そりゃもうあのときはものすごくキレましたもの。「水の出が悪くなるってそちらは一言も説明してないですよね? とりあえずものすごく不便なんですよね。うちの親は控えめに言っていますけどね。このままこっちが我慢するんですか? 我慢しなきゃいけないんですか? どうしてくれるんですか?」云々、電話口で地声で相手をさんざん責めまくった。
いや別に、正当なクレームだと思うけどな。


あともうひとつは、仕事場のバイトさんに対する態度が怖いと同僚に言われたことか。自分では全然気付かず普通に接していたんだけど、どうやら知らないうちに周りが凍りつくような態度を取っていたらしい。
いつも「誰にでも優しく」をモットーに仕事をしているのに、これはもう青天の霹靂だった。私は自分より立場が弱いバイトさんに対し、気付かないうちにデカい態度を取ってしまっていたのか……。これは言われなければ気付かなかったと思う。言ってくれた同僚に感謝する。




それ以外にも思い返してみれば、他人に「態度がデカい」「ふてぶてしい」と遠回しに言われることが多い気がする。それを私に言ってくれる人ならまだいい。大抵の人は言ってくれない。たぶん何も言わず私の周りから離れていくだけだろう。

……そう思うと、うちの家の人は立派だと思う。私がどれだけ暴言を吐こうが、デカい態度を取ろうが、言い返しもせず平然としている。私はあの家族が大嫌いで、できれば一緒にいたくないとさえ思っているが、よく考えると私の暴言や偉そうな発言を聞いても動じないのはあの人たちだけである。
排除するなどとんでもない。大事にしなければいけないのでは?と今さら思った。




こんな私も、昔はやられる側だった。イジメや嫌がらせなど日常茶飯事で、変なあだ名をつけられたり、悪口を言われたり、そんな目にいつも遭っていた。もちろん友達などひとりもおらず、家に帰れば内に引きこもって誰とも口を利かない……という日常を過ごしていた。あれはもう発声の仕方を忘れるレベルだったな。

この当時、私は「強くなりたい」と思った。イジメや嫌がらせを受けても負けないよう、やられたらやり返せるぐらいの強さが欲しいとずっと思っていた。そんなもの、あの当時の私には欠片もなかったし、いつもいじめっ子にやられっぱなしで、相手の力の誇示にまんまと利用されていただけだった。


私はずっとそんな自分を情けないと思っていたし、変わらねば、強くならねばと思っていた。……で、どうやらその願いは成就したのである。電話口で業者を相手に啖呵を切るほどに。私はいろんな意味で大きく成長した。今となってはもう、たぶん誰も私を傷付けることはできない。むしろ私が他人を傷付ける側である。

なんだかそういうことになってしまった。



……だが、私が欲しかった強さとは本当にこれだろうか。誰かに恐怖を抱かせるような強さが、本当に私が欲しかった「強さ」だろうか。


いや、考えなくても違うだろ。
こんなもの、あの当時の私が欲しいと願っていた強さじゃない。気に食わなければ怒鳴り散らし、自分の思い通りにならなければ暴言を吐き、イライラすると誰彼かまわず怒りをぶつける。……こんな人間のどこが強いというんだ?

確かに今の私には、みんな怖がって喧嘩を売らないと思う。だけど、同時に私の周りには人が集まらない。この歳になってもひとりも友達がいない。それはいじめられていた当時とは理由が違い、私が怖い人間になったから誰も近付いてこないのだと思う。


遅すぎる気もするが、今になってようやくわかった。
私はあのとき本気で強くなりたかった。誰かの手で自分が傷付かないために強い人になりたかった。だが、なぜかそれが私の手で誰かを傷付けることになってしまった。強くなるとはすなわち、誰かを傷付けずにはいられないということだろうか。





なので、暴言も偉そうな発言も、ちょっとやめてみようと思う。


ブログではあんまりわからないと思うけど、私は本当にそういうことを平気で本人に言ったりするんですよ。近ごろでは「二度と口が利けないようにハサミで声帯をぶった切ってやるぞ」が新しい。そんな他人が聞けば震え上がるような暴言を、平気で受け流している家の人は本当に立派。父を「異常者」、母を「ブタ」と呼称する私であるが、いずれはこれも改めるべきだと思う。



今日1日、実はすでに少し頑張った。相手にイライラしても暴言を吐かずに我慢した。相手のことを少し気遣ってみた。苦労をねぎらってみた。ちょっとだけ他人に「優しくしよう」と努力してみた。

初日にしてはうまくいったと思う。気味悪がられるかなと思ったけど、別にそんなことはなかった。うっかりデカい態度で相手に接してしまうことはまだあるけど、意識するだけで自分の問題行動が目に見えて減ることがわかった。



……こんなことにもリハビリが必要とは、あのころの自分が見たら絶対泣くぞ。


強くなりたいと願った人間の末路がこれかよ。
今さら弱い自分には戻りたくない。だけど、このまま強いだけの人間ではいたくない。他人に優しくならなきゃ……。だからといって優しいだけの人間だとまた弱くなるかもしれない。強く、優しく、自分も他人も傷付かずにすむ、そんな性格の人間でありたい。




むやみに暴言を吐かない。
キレない。
家の人を大切にする。
ブタとか異常者とか言わない。
謙虚になる。
他人を気遣う。
他人に優しくする。
自分にも優しくする。


……こんなことを今さらやるのか? 昔は言われなくてもできていたはずなのだが。
それにしても、幼少期に強さを求めた人間が、大人になって追い求めるのは優しさか。……どこの悪役だ。昔はもうちょっと優しい人間だったと思うんだけどな。とりあえずノルマ達成できたら自分にごほうびをやろう。

それに、まさかあれだけ嫌っていた家の人のありがたさに今さら気付かされるとは……。いや、あの連中がどうしても許せなくて大嫌いなのは変わらないけど、頭ごなしに怒りをぶちまけるのは今後やめようと思う。




最後に、神様に懺悔する。肉親や他人に言いたい放題の私が幸せになれるわけないんだよね。好き勝手なことをして他人をさんざん困らせているくせに、無条件の幸せばかり要求してごめんなさい。これからできるだけ努力していい子になります。幸せを自分で勝ち取る練習をします。だからすみません、こんな私を許してください。


……言い訳をするようだけど、私は根本から人間が嫌いなんだよな。私が優しくするのは動物と子どもだけ、と昔からそう決めていた。人間の大人なんてわざわざ気を遣って優しくしてやるだけの価値はあるのか?




はっ、いかん、いきなり約束を破るところだった。

だが、自分に嘘はつけない。正当なクレームであれば私はどんどん口にする。少なくとも理不尽な暴言は言わないようにする。……もう少し他人のことを大事にしましょう。それが現在の(密かな)私の抱負。いつか達成できんのかな。







と、ここまで書いて1晩寝かせた。


(翌日)……

だからって調子に乗られてデカい態度を取られるのも嫌なんだよなー。
暴言を吐かないだけで、他人に強い態度を取るのはいいのか? どこまでが「怖い」もしくは「優しい」の範疇なんだ? 基準がわからなくなってきた。


私は聖人にはなれません。悪人になる可能性の方がずっと高い。他人の評価など興味がない!と胸を張る人は、果たして聖人なのか悪人なのか。うーん、暴言を吐くのはとりあえず悪人の範疇だよな。まず私が改めるべきはそこか。

1晩経って少し頭が混乱してきました。


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  • ウルトラムーン予約した。ので、サン版をデータ消して最初からやっている。ムーンはやり込んで120時間ぐらいかね。そんなに強くなくても好きなポケモンでガンガン攻めたい派。初登場から継続して好きなのはやはりサーナイトですな。初代ルビサファ以降、パーティにいなかったことがない。そういや昔、小さいフィギュアを持ち歩きすぎて首が抜けたことがあったわ。
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