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2014年2月23日 (日)

あの子へHappyBirthday

この記事を雑記扱いするのもどうかと思うが、2月のこの時期は誕生日ラッシュである。まず19日の自分を筆頭に、23日まで毎日が誰かの誕生日。

・・・まぁ、自分以外は人間でないんだけど。
文鳥様です。



ハッピーバースデートゥーユー♪

Pap_0074

それぞれの頭文字を取って、「アキソチア」。

ヒトには誕生日ケーキのひとつも買ったことがないのに、文鳥に対しては我ながら熱心かつ全力である。「ケーキを買うなら名前を入れてもらわなきゃ!」と鼻息荒く発起し、それを実行に移してしまうのだから自分の行動力と決断力にはしばしば驚かされる。(しかし、発動するにはいくつも条件がある)

なんちゃって私も含まれています。
ちなみに順番は正しくないので、私は最初の「ア」ではありません。念のため。



彼らは、それぞれ1日違いの4兄弟(♀、♂、♀、♂の順)。

連中は今年3歳になるらしいです。人間に換算すると何歳になるかは諸説あるんだけど、あるサイトによれば36歳。人間でいえば結婚して家庭を築いていてもなんら不思議ではないが、なぜか全員が独身。おまけに独り暮らし。・・・わが身を見るかのようである。

あと、うっかり忘れていたが、去る2月1日も2兄弟(両方♂)の誕生日であり、奴らは5歳。あるサイトによると52歳。1羽は養子に行き、もう1羽は10ヶ月違いの妹と同棲中。二次元でなくても、妹と(ほぼ夫婦同然に)同棲、というのは文鳥界にもよくあることです。
親子で夫婦同然に暮らすとか、同性同士でくっつくとか、そういうのも文鳥の世界では日常茶飯事。さすがに近親交配はやめさせるけど、同性同士で仲がいいのは別にいいと思っている。



もうひとつ言っておくと、実は4兄弟の末っ子の♂はもうこの世にはいない。

この際だからはっきり言う。
うちの母親に、過失とはいえ殺されたのである。



過失だからいつまでも母を責めようとは思わない。だけど、あの人間はそれを忘れようとして、私が話をすることをすごく嫌がる。あんたのせいで死んだのに。あの子のことを忘れずにいることが一番の償いだろうに。

平成24年の9月30日が命日だから、2歳の誕生日を待たずして亡くなったわけである。それでも誕生日ケーキには名前を入れる。母はどうか知らんけど、私は忘れたくないからな。3年前の2月23日、この家に生まれたこと。4兄弟の末っ子でいたこと。名前を付けたこと。1羽いなくなっても私にとってはいつでも「4兄弟」だよ。



・・・で、そういうことを思っているせいか、22日の深夜1時ごろ怪異に遭った。

そのころ自分は布団に入ってうとうとしていたが、部屋の閉め切った扉の向こう(廊下)で、♂の文鳥がさえずる声(さえずるのはオスだけ)が聞こえたのである。当然、そんなところに文鳥はいない。私が寝ているのは2階、家の他の文鳥が寝ているのは1階で、声が聞こえるはずがないばかりか、彼らはもうとうに就寝している。私の部屋にも1羽いるが、あいつは私よりも先に寝ていた。
廊下から聞こえたのは間違いない、と思う。別の部屋というほど遠くもなく、同じ部屋というほど近くもなく、それならばおそらく扉の向こう、廊下ということになるだろう。だが、そんなところに文鳥はいないはずである。というより、実際にいなかった。じゃあ誰がそんな場所、そんな時間にさえずっていたというのか・・・?


・・・という背筋が寒くなるような目に遭ったのであるが、それがもしかしたら亡くなった文鳥だったのかもしれないと思うと、恐怖よりも哀しさが込み上げてくる。
余談であるが、あの廊下は以前にも一度、曾祖母の葬式から帰ったあと、いないはずの年老いた男女の話し声が聞こえたりもしている。それを聞いたのは私だけではなく、隣の部屋にいた弟もはっきりと聞いている。亡くなったばかりの曾祖母と、遥か昔に亡くなった曾祖父がやってきて会話していたのだと勝手に結論付けたが、怖いのは怖い。何かあるのかなぁ、あの廊下。

ちなみに揚げ足取りになるが、あの子の誕生日は23日のはず。それなら出るのは23日の深夜にすべきだったのではないか・・・とも思うが、そんなことを言ったって仕方がないし、私の間違いかもしれないからあれこれ言うのはやめておく。


私には霊感の欠片もないので、たとえ隣にお化けがいたって気付かない人である。そのはずである。だから何も知らないし、わかったふりもしない。もしかしたら聞き違いだったかもしれないし、あの子に会いたいという私の心が無意識に作り出した幻聴だったかもしれない。今ではそう思っている。・・・別に怖いというわけではない。

ついでにもっと言っておくと、その廊下、実のところ通るたびに誰かに見られているような感じがするのである。それも出雲大社や厳島神社へ参拝に出かけた、先日の旅行から帰ってきてからのことである。ああいう場所に行って一種の暗示にかかっているのかもしれないが、それならなぜいつも同じ場所で背後からの視線を感じ、もぞもぞしてしまうのだろうか・・・。なぜ「見られている」感が毎日毎日、夜になればじわじわと直感のごとく湧き上がってくるのだろうか・・・。なぜ後ろを見てみる気になれないのだろうか・・・




こういう話を自分でするのはいいが、他人から聞かされると「うわぁぁぁぁ!!!」となる人なので、誰かに言われる前にここで言っておきます。いや、家の人にはまだ誰にも言っていないので、同じ話を「実は・・・」と聞かされると悲鳴を上げてしまうかもしれませんが。


文鳥の幽霊であればな~んにも怖くないんだけどな。むしろ出てきてほしいぐらい。
私は自分が死んだとき、もし死後の世界があるのなら、三途の川とやらの向こう岸には歴代の文鳥たちが集まっていてほしいな~と漠然と考えている。今の時点でも20羽以上、これからもっと増えるかもしれない。向こうでみんなに会って、久しぶり~!なんて声をかけ合う瞬間、たまらないだろうなぁ。なんとしてでも天国に行けるように精進しなければ。

それに比べれば、待っていてほしいヒトは今のところいないな。まだ自分が若いからだろうけど、亡くして惜しい人、またぜひ会いたいと思う人、今のところは誰ひとりとしていないからな・・・
現在すでに文鳥に明け渡してしまっている心の場所を、今さらヒトに譲ることはできないね。文鳥の大切さを凌ぐ人物が現れたら別だが。おらんだろうな。そもそもヒトと仲良くできないから文鳥と仲良くしているというのに。






あー、あと沈痛な話を申し上げれば、以前に某仕事場に履歴書を送ったのち電話がありまして、面接の日取りについてはまた電話する、とその口では言っていたくせに先日無言で履歴書が返送されてきた~という目に遭った。
要するに、一度は面接をしてやろうという気になったがやっぱり気が変わった、ということである。一度は面接をしてやろうと口で言ったくせに、まことに失礼な話である。これも私が私だからなのだろうか。なんか先方が途中で嫌になる要素を含んでいたのだろうか。

まぁいい。よくあることだろう。寛容に許してやる。
だが、いずれ店が潰れるように呪詛しておいてやる。一介の面接希望者であるとはいえ、他人にそんな扱いをするような店が長続きしようはずもない。・・・潰れろ。多額の借金を抱えて従業員全員、路頭に迷ってしまえ!


・・・と、そこまで考えてやっと落ち着いた。ああ、くそったれが。
今までに密かに呪詛してきて、実際に病気になった奴とか、某SNSのアカウントが凍結してしまった(私は手回しはしていません)奴とか、そういう奴らと同様になればいいと思う。念を込めた呪詛って意外と効くんですよ。ときどき返されたりもするんだけど。



なので、仕事はまだ決まりませんね~。

くそったれ!と思うこともしばしばですが、そこそこ努力しつつ、ときどき落ち込みつつ、ときには相手を呪詛しつつ、いつか天国で亡くなった文鳥たちと会える日を夢見て生きていきたいものです。


歳を経るに従い、見送らねばならぬ文鳥が増えていくのもこれまた詮無きこと。しかし、それだけ自らが生を終えたのち、彼岸にて会える愛しき者たちが増えるのだと思えば、この悩ましい世を生きることにもなんとか価値を見出せる。

・・・だが、釈迦よ、菩薩よ、妖物よ、私は嘘をつかぬ。私はこれからも気に入らない相手(当然、ヒト限定)を呪詛するであろう。しないとは言えない。言えばそれこそ嘘になる。ほとんどは寛容に許してやるが、あまりにも腹が立ったら許すと同時に呪詛する。
憎むというより呪う。自分以外の何者かの手を借りて、罰を与えてやりたいという思いを遂げてもらう。正直、まともな願いより成就しやすい。私の神は悪鬼なのだろうか。



こんな人間に死んだのち彼岸に行けるかどうかは疑問。


だけど行けるように文鳥様、私が道を誤りそうなときは手を貸してほしい。
きっといつか、みんなに会いにいくからね。

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ひとりごと

  • 趣味関係で浮かれ騒ぎながらも、じいちゃんの初盆の墓参りにはちゃんと行きました。近い身内が亡くなったのはじいちゃんが初めてで、本人の魂は今どこにあるのだろう?と真剣に考えてしまった。遺影と位牌は実家にある。遺骨と墓は霊園にある。本人の身体は焼けて煙になった。なら魂はいま何処に? お盆ってそもそもなんのためのイベントなの?冷静に考えると不思議だ。
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