« 現代の子どもは弱いのか | トップページ | 母の原因不明の頭痛 »

2013年10月 5日 (土)

ブログ2周年

具体的な日付は忘れてしまいましたが、今年の10月でブログ2周年です。

おめでとう。あんまり実感ないけど。




・・・この2年、ブログで何をしてきたか?

好きなことを書き散らかしていただけだなぁ(笑)
自分の好き勝手に経営していただけ。別にたいしたことはしていない。それがこの2年の総合評価。5段階評価なら「1」、もしくは「D」(落第)。



ありがたいことに、これまでで累計70000のアクセス数を記録しました。単純計算すると、1日平均96。そんなにお越しいただいていたのか~。

また、書いた記事数は現在で204。ためしに204を2年=12ヶ月×2=24で割ってみると・・・8.5。月に大体8~9の記事を更新していたのか。
・・・いや、最近は月に4~5ぐらいだったから、以前はもっと更新していたのかもしれない。平均値になるとそういうのがわからないからね~。



もともとこのブログは、自分の持病の闘病記?を書くために立ち上げたものでした。幸運にも、最近は定期的に通院するだけで、手術や入院はありません。2年前はちょうど手術&入院の時期で、いろいろ不安定な心境をブログに書きつづっていました。

記事を遡ってみると、最古の記事は2011年10月24日に書いている。・・・じゃあこれがブログ2周年の日なんじゃないのと思う人もいるでしょうが、実はブログを開設して、初めての記事を書くまでに日にちのズレがあるんです(笑) 開設したはいいが、何を書くべきか迷っていた時期です。だからたぶん、厳密に言えば開設したのは10月半ばぐらい。
しかし、そのへんがよくわからんので、とりあえず思い出した今に祝っておこうと思ったのです。雑ですみません。

記事はいきなり緑内障の話から始まって、大学時代のレポートの話もときどき挟みつつ、そのあとは沈痛な記事ばかりが続いて気が滅入ってくる。このころは精神的にも追いつめられていたからなぁ。
だって、ちょうど卒論の時期で切羽詰まっているのに、手術と入院、そのあとの自宅療養で1ヶ月近く無駄になるんですよ。その間、できるだけ安静にして大学には行くなと言われていましたが、私は禁を破って通学していました(笑) 手術後の痛みもまだ薄らいでいないのに、痛くてたまらんのを我慢して卒論を仕上げました。あのころは大変だったなぁ、ほんとに。


そういえば、網膜剥離で見えなかった部分が見えるようになったとき、こんなことを書いていました。

「病気になったからこそ思えるようになったこともあります。「今の生活を大切にしよう」とか、「いつもそばにある何気ないものに感謝しよう」とか、「見ているものがすべてという概念を捨てよう」(←これはちょっと高度)とか。そういうことは病気になって「失明するかもしれない」という恐怖を味わったからこそ思えるものだよね。ずっと健康で平凡な人生を送ってるだけじゃ気付かなかったかもしれません」

・・・その通りだなぁ。
あのころの私は、そんなことを思っていた。



2011年から2012年の春ぐらいまでは、そういうことを書いていたと思います。

で、そろそろ手術と入院の記憶も薄らぎ、3ヶ月に1度の通院で済むようになってから、やっと精神的にも安定して、自分勝手に偉そうなことを書き綴るようになりました。
なんか映画のレビューを書いたり、ゲーム日記を書いたり、闘病と学業の両立は大変だということを書いたり・・・。だんだん気持ちがほぐれてきていますね。


そのうち、自分自身を洞察するというか、私っていろいろ欠点があるけど結局どういう人なの?みたいなことを考えるようになりました。ブログのせいではなく、自分が現在専攻している専門領域の影響でしょう。いろいろ考えちゃう自分が嫌になるときもあるのですが。

自分自身の欠点を自慢げに挙げていって、皆さんを退屈にさせる気はありません。だけど、たぶんこれからの自分には、自分自身を見返していろんな側面に気付き、直せるところは直していこうと考えることが大事になってくると思います。
面倒くさい人間だなぁと自分でも呆れますが、時々お付き合いいただけたら幸いです。



驚いたのは、この2年間の記事を見返しても、私の信念は小揺るぎもしていないこと(笑) 根本的なものは2年前からさっぱり変わっていない。同じ苦悩を抱え、同じものに惹かれ、同じ価値観で物事を捉え、同じ野望を抱き、同じようにこの世界を生きている。つまり、私は2年前から成長していない。むしろ、あのころより悪くなった気もする。
あ~、恐れていたことだけど、やっぱりそうだったか。


2年経って気付いたのは、自分にとって、この世界はどうしたって生きづらいということ。昔はそれに自分を無理やり順応させようとしてきたけど、なんかそれも不可能な話だと気付いたので、理想を追うのはやめにした。

現在の私は、そんなことを考え出すと止まらないのである。ここ1年ほどは、自分がどれだけ社会不適応者なのか、それを実感する年だったように思う。だからこそ、2年前の自分からは成長していないどころか、世間に対する歩み寄りはもっと遠のいた気がする。





・・・さて、これからの1年、さらには2年、自分はどうなるか。


断言するけど、成長はしないと思う。性格も変わっていないでしょうね。それでも頑張って社会に順応しているか、もはやそれすらも諦め、社会不適応者として孤独に寂しい人生を歩んでいるか・・・。



んー、わからない。

わからないけど、なんとなく毎日を生きて、なんとなく疑問に思ったことを書いて、なんとなく社会からズレていく、そんな日常が展開しそうな気がする。



そういう管理人ですが、ときどき気が向いたときにでも見守ってくださると嬉しいです。

信念を変えることなく開設2周年を迎えられたことに心から感謝です。

2

てへ。


・・・ちなみにブログ名の「piece of dew...」は、「こぼれた涙のひとしずく」ぐらいの意味で名付けたものです。昔は持病の重圧に苦しめられ、よく涙を流していたもんですが、今はそうでもないですね。
だからってタイトルを変えるのもどうかと思うので、今後ともこれでお願いいたします。管理人は短く「ピスデ」と呼んでいるのですが(笑)

« 現代の子どもは弱いのか | トップページ | 母の原因不明の頭痛 »

Ⅶ.雑記保管庫」カテゴリの記事

コメント

ブログ2周年、おめでとうございます。
少し前からときどきおじゃましているんです。

こちらのブログをしみじみ読んでいると、落ち着きます。
苦しみや心掛りみたいなものを書いていらっしゃることが
あるようですが、丁寧な文章で様子や心を描いてくださって
いるので、私にはやさしく響きます。
ありがとうございます。

自分では、どうしても文章化できない・・・というか、
文字にするのをためらってしまい、はしょってしまう部分が
あるのですが、それで結果として意味のわからない文章が残り、
人が読むと、嘘っぽい文章になってしまうわけですが。

そんなこともあってこちらのブログをときどき読みたくなるのです。

またおじゃまします。
そんな読者もいるということをお知らせしたく。

では。

コメントありがとうございます。

わー、ありがたいお言葉、感謝いたします!(^o^)
基本的に書きたいことを好き勝手に書いているので自覚はありませんが、そう言っていただけると管理人冥利に尽きます。毎日たくさんの方にお越しいただいているんだなぁ~とアクセスカウンターを眺めながら常々思っています。

顔も見えないけれど、読者さんの存在はすごく大きい原動力になっています(^_^) 今後もまた好き勝手に経営していくと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1595360/53503150

この記事へのトラックバック一覧です: ブログ2周年:

« 現代の子どもは弱いのか | トップページ | 母の原因不明の頭痛 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

ひとりごと

  • 趣味関係で浮かれ騒ぎながらも、じいちゃんの初盆の墓参りにはちゃんと行きました。近い身内が亡くなったのはじいちゃんが初めてで、本人の魂は今どこにあるのだろう?と真剣に考えてしまった。遺影と位牌は実家にある。遺骨と墓は霊園にある。本人の身体は焼けて煙になった。なら魂はいま何処に? お盆ってそもそもなんのためのイベントなの?冷静に考えると不思議だ。
無料ブログはココログ

↓ランキング参加中