« 元気が出る方法ってなんだ | トップページ | なんか難しい »

2013年5月 9日 (木)

子どもの利益、親の利益

親子を対象にする業務とかやっていて、思うのが「私たちはどっちの利益を優先させるために仕事をしているんだろう?」ということである。

私たちは大人だから、ついつい発言力のある親の言うことを聞いてしまいがちです。子どもがまだちゃんと自分の意志を伝えられない児童である場合など、保護者のニーズはどうしたって無視できません。



たとえばそれは、受験であったりする。

私は幸か不幸か、小・中の受験は経験しておりません。高校受験が最初の受験でした。それまではずっと地元の公立の学校で、ときどき勉強したり、ときどき遊んだり、のんびり過ごしました。進学校の「し」の字もないところで、ド田舎だったし、塾にも行ってなかったんじゃないかなぁ。勉強嫌いだから、本当にこれだけは親に感謝です。


しかし、最近の子どもは、幼稚園から受験を経験しているという人もいるらしいじゃないですか。まー、それが子ども自身が望んだことならともかく、しばしば親の思惑が交錯しているわけです。「将来は医者になってほしい」とか、「有名大学に入学して、大企業に就職してほしい」とか。

自分の意志もはっきり告げられない時期に、親の手によって進路を決められ、それ以外の可能性に触れることなしにひとつの道を突き進む子どもとは、将来的に一体どういう大人になるのだろうか・・・。と、、最近よく考えています。

別に、それが悪いってわけじゃないけどね。
自分が経験していないから、「どういうもんなんだろうなぁ」と思うだけで。



それで満足する子どももいるでしょう。本人が心からこれでいいと言っているのに、周りがあれこれ口を出すのは、それこそ子どもに失礼です。その場合は、(第三者としての不安があっても)特に干渉しません。

問題は、満足するどころか、不適応を起こす子どもですね。私から言わせれば、親から強制的に乗せられたレールの上で、「私は嫌だ」「これは間違っていると思う」と言える子どもこそ、その主体性を尊重すべきだと思いますけどね。


・・・まぁ、私の主観はともかく、自分の中で消化できる子どもならいいんですが、それができなくて周りにも見える形で不適応の状態が出る子、そういう子が一番心配ですね。自分なりにどれだけ足掻いてみても環境は変わらず、親の態度も変わらず、逆にこちらを抑えつけようと周囲の対応が厳しくなり、もうひとりではどうにもこうにもならん!という状態で出てくる、声にならない子どもの悲鳴・・・。聞いているだけで辛いです。

私が日ごろやっている業務では、こういう悲鳴がよく聞かれます。



こういうときに、「私たちが目指しているのは、子どもの利益? 親の利益?」って考えるんですね。たとえば、学校に行けなくなった子どもに対し、家から出させてあげることが子どもの利益なのか。あんまりひきこもっていたら社会生活が営めないから、という意味で言えばそうなのかもしれませんが、行き先が学校だったり塾だったりする場合は、それって本当に子どもの利益???と考えてしまいます。だって、子どもは学校に行くのが嫌で家にいるのに、それを無理やり引っ張り出して行けるようにすることが、果たして私たちのするべきことなのかなぁ?

もちろん、ある程度は親の利益に合わせないと、そもそも子どもがこちらに来てくれません。小さい子なんかは、親に送り迎えしてもらえないと来れませんからね。親が「あんなところに行かせたくない」と思えば、子どもを行かせないようにすることもできるわけです。

・・・だから難しいんですよ。





業務の関係で、私立の小学校や中学校と関わりを持つことがあります。ああいうところに入れるぐらいだから、生徒の大半は医者の子どもとか社長の子どもとかそんなんです。一体どういうがどういうドリームを描いて入れるのか知りませんが、「私学だから安心」とか思っていると、その価値観をぶっ壊されることがありますよ。

私立の学校って、公立よりも問題児の存在が目立つんです。公立は本当に十人十色だから、少々変な奴がいても受け入れられるというか、縛りがないだけいろいろ自由です。しかし、私立は一応お受験をクリアした子どもだけが集まる場所で、みんながみんな、授業中はおとなしく前を向いて先生の話に耳を傾ける・・・ということが当たり前だと思われています。むしろ、私学に来るような子なんだから、公立に行っている子よりお上品でありなさい、とかそういうことを求められます。


・・・しかし、私の持論を言わせてもらえば、私立の子だろうが公立の子だろうが、子どもは子どもです。勉強も必要ですが、のびのび遊ぶ時間だって同じだけ必要だと思います。しかし、どうして私立は子どもに求めるものがあれほどまでに多いんだ? そして、どうして全員それができて当たり前、という社会になっているんだろう?


これも私の経験からですが、私の知っている私学は、公立と比べて学級崩壊や不登校の数が多いです。特に小学校かな。なんかみんな勉強熱心すぎて、学校の授業などお遊びみたいなもんなんですって。学校が終わってからの塾(これも23時ぐらいまであるらしい)が生徒の本業のため、学校での授業など暇つぶしにすぎん。という生活が当たり前になっているらしいです。つまり、塾の課題の方が、学校の授業よりも進んでいるということらしい。
この子たちにとって、学校ってなんなのでしょうね?


で、お遊びや暇つぶしぐらいの価値しかないんだったら、先生の授業なんて真剣に聞かなくてもいいじゃん!逆に、連日の塾の憂さ晴らしを学校でしてやろうぜ!みたいなことになり、こういうところは本当に子どもらしいといえば子どもらしいんですが、先生を困らせる問題児の出現に繋がるわけです。で、最悪の場合、授業が成り立たなくて学級崩壊。
おまけに、いじめとかも顕在化しにくく、不登校も多い。


・・・まぁ、受験を経験していない低学歴人間の感想ですが、学校ってそういうもんなんでしょうかね? 勉強をするだけのところかなぁ? 友達と楽しく遊んで、時には喧嘩して、仲直りしたり、泣いたり、笑ったり、人間関係を築く場所なんじゃないの?とか思ってしまうけどね。私が小学生のころなんか、勉強なんてそっちのけで、先生を含めた数人のメンバーで山に登ってイノシシを追いかけていたもんですが。雪が降ったら、「教室で勉強なんてやめて、全員、運動場で雪合戦!」「わー!」みたいなノリだったんですけど。

頭ごなしに勉強をゴリゴリ詰め込まれ、毎日0時近くまで塾に通い、睡眠時間を削ってまで宿題や課題に追われ、少しでもサボったら先生や親から叱られ、目指す目標は「医者」「社長」「有名大学」、それ以外はアウトオブ眼中、ということになるんですよね・・・
嫌にならないのかなぁ。


そもそも、小学校に親が迎えにくるという事態すら、私には新鮮でした。学校には自分の足で、友達や下級生などと喋りながら通うものだと思っていたんですが、私学の生徒は親(共働きなどほとんどいない)が高級車なんかで迎えにくるんですよ。

地下鉄やバスを使っても、彼らは一心不乱に問題集を睨むのみ。帰りにプリクラ撮っていこう!とか、公園で寄り道して遊んでいこう!とか、〇時に△△ちゃんの家に集合ね!みたいなことが一切起きない世界・・・。私だったら1日と持たないでしょう。



ついつい自分の経験と照らし合わせてしまうんですが、私はれっきとした低学歴人間で、幼稚園や小学校から私学に通っていた人からすれば「負け犬」でしょう。世間の人に鼻で笑われようが、自分は困っていませんけどね。私が他人に負けている(かもしれない)のは学歴だけで、それ以外はなんら臆することなく自信を持っていますが。

学歴を貪欲に追い求めることは、別に悪いことじゃない。そんなことが言いたいんじゃない。ただ、子どもの意志を知る前に親が進む道を決めてしまうのは、果たして子どものため? それとも親のため?って、疑問に思うだけです。実際に、それで成功している人もいるんですから。でも、全員がそうではないよね?と、そう思うだけです。



・・・そういう「全員がそうではない子」が、私がやっている業務なんかに来るんです。親の一方的な希望に縛られて、とてつもなく身動きしづらい環境で生きている子です。そういう状況で、親の利益にばかり囚われてしまうと、二重に子どもを苦しめることになりますよね。このへんの見極めが本当に難しいなーと思うところです。

私はもともと世間の常識から外れている人間だから、不登校の子すら「なんでそんなに無理してまで学校に行かなきゃいけないの?」とか思ってしますけどね・・・。嫌なら行かなくてもいいっていう場所なら一番いいのになぁ、なんて思います。




子どもを私学に入れるのは人の勝手ですが、あんまりドリームを抱かない方がいいかもしれませんね。私学であればなおさら、「将来有望なお坊ちゃん、またはお嬢ちゃん」を預かっている場所だからさぞかし大切にしてくれる・・・と思ったら、多くの場合、間違いです。

逆に、親に隠される場合もありますよ。私は業務の関係上、私学の裏側とかいろいろ知ることができますが、たぶん多くの親は実態をよく知らないんじゃないかなー。とりあえず名前で入れている人が多いからかな。我が子が原因で学級崩壊が起き、そのせいで先生が精神的に疲れてしまっている、ということがあっても親はおそらく知らないでしょう。学校も、わざわざ言わないでしょうから。


いくら私学とはいえ、丸ごと信用するのは考えものです。私が知っている私学(小学校)でも、素行の悪い生徒を取り押さえようとして、その生徒の腕を折った先生がいます。その事件をどうやって処理したのか、そしてどうしてそんな先生がいまだに学校に居続けているのか、謎すぎて理解不能です。やっぱり、なんでも隠されるのかなぁ。

そうそう、近ごろは発達障害を持つ子がクローズアップされていますが、公立にも私立にも同じ確率でいると言っていいでしょう。しかし、必要以上に顕在化するのは、私立だと言われています。そして、その支援の方法がちゃんと確立していないのも、私立です。
・・・なぜか。


大体は受験でふるい落とされると思うんですけど、そういう子が受験を通過した場合、先ほども言ったように、私立は「みんなができて当たり前」です。「ちゃんと座って授業を聞く」とか、「友達を殴ってはいけません」とか、そういうことができない子がいることがまず信じられない。信じられないってことは、つまるところ、支援もできない。

もちろん、それは子どものせいではありません。ただ、苦労するだろうなぁと思うだけです。子どもも、親も。



今はまだともかく、将来的に彼らが大人になったとき、果たして幸せになれんのかな?って思います。なにもかも自分で決められない大人になったりはしないのだろうか。私の個人的な意見だけど、もし私に子どもが生まれたら、地元の公立でのびのびと自分の好きなように育ってほしいですね。








・・・さて、いろいろ書きましたが、これはあくまで一例です。


どこの学校もこうであるわけではありません。
しかし、私が知っている学校の実態があまりにもひどく、世間の印象からかけ離れていることを知らない人も多いのではないかと思い、今回は一念発起して書いてみました。


ひとつの意見として聞いておいてください。

よろしくお願いします。

« 元気が出る方法ってなんだ | トップページ | なんか難しい »

Ⅶ.雑記保管庫」カテゴリの記事

コメント

初めまして
拝見させていただいて
本当にそうですよね〜と思いました

我が家も私立の6年一貫校に2人進学しましたが
いじめや不登校の問題などしょっちゅうで
学校側も放置気味
いじめの実態について息子や該当する保護者からも話を聞き(私は役員なので)
学校に問い合わせたら
「本校ではいじめはありません!」とはっきり否定された経験もあります
いじめられた生徒は1年程不登校だったのに

しかしながら
学年が変わると案外リセットされる場合が多いことと
いまどきの保護者感覚が似ているので
当事者は外から見ている人よりもあまり何とも思っていないと実感しています

親のレールに乗ったとはいえ
成功する生徒も多い気がしています

我が子たちは部活動の関係で自分の意志で進み
塾の必要もない状態です
(学校でフォローしてくれる→図書館自習室の時間が遅い)

腹立つことはたびたびありますが
自分の視点を変えるようにしました

そして 私の周りの私立も公立も 自分で物事考える子どもが多いと思っています
文部科学省で推進してきた「キャリア教育」の成果が出始めているように感じています
息子や息子の友だちも明確な目標があります

まあ そう言う地域もあると思うんです

最後に思うことが
昨今の教員採用試験方法の在り方(都道府県格差)に問題があり
指導力不足の問題を引き起こす原因になっているということです


コメントありがとうございます。

はじめまして(*^_^*)
子どもさんが私学に行かれているんですね~。保護者としてのお気持ちや、実態などは私よりもずっとお詳しいことでしょう。

確かに、教育方針やスタイルは学校や地域でも違いますよね。記事では自分の知っている私学(これも極端なのですが)をもとにしているので、多くの学校がこの状態だったら私学はもっと早くに潰れているでしょう(笑)
記事にも書きましたが、私は受験らしい受験もせず公立でぬくぬくと生活していたので、わからないことも多いと思われます。

自分が業務で会う子は、いわゆる心身ともに“健全”な子ではありません。どこかしらに不調を訴えて、そこから逃げることもできず、こちらが「環境を変えてあげたいなぁ」ともどかしい思いをするほどです。あの学校にさえ行かなければ・・・と密かに気の毒に思うこともあります。

さすがに名前は出せませんが、そういう学校が世の中にあることを、世間の人はあんまり知りません。何も知らない親は期待してあの学校に入れるんですが、実情を知っている人は断固として入学させないと言います。そういうギャップが(暗黙のうちに)あるから、たぶん私は全般的な私学に抵抗があるんです。
それは本当に、偏見だと思っています。沙希子さんがお書きくださっているような学校であれば、私立でも公立でも、子どもは目標を目指して余裕持って生活していけそうですけどね。

確かに、私も先生という職業のことはよく知りませんが、採用試験に問題があるという話は聞いたことがあります。地域によって指導が違うというのも考えものだと思います。良い地域に合わせるようなやり方があれば一番いいのでしょうかね。
(よくわかりませんが...)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1595360/51562548

この記事へのトラックバック一覧です: 子どもの利益、親の利益:

« 元気が出る方法ってなんだ | トップページ | なんか難しい »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

ひとりごと

  • 私はやはり社会の中で少数派なんだなぁと実感。だって今の政治に納得してるからみんな与党に入れるんでしょ?私は何ひとつ彼らに満足してないし、期待もできないから、ひたすら野党に入れる。だけどいつも大多数の力には勝てない。選挙のたび悔しい思いばかりしているが、民主主義というのはこういうものである。大多数を呪いながら生きていくしかない少数派、私はそれである。
無料ブログはココログ

↓ランキング参加中