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2012年12月12日 (水)

相互理解ってあるだろう

先日、とあるテレビ番組を見て、感動というより「なるほどな~」と勉強になった。今まで知らなかった領域の話だったから、すごく関心を持って見ていた。


・・・しかし。

あれはその翌日のことだったか、「あのテレビ番組は〇〇の権利を侵害しているから、テレビ局に批判文を送った!」と堂々宣言している人(in Twitter)を目撃したのは。おまけにその人は数人の方からまるで英雄扱いされ、よく言った!そうだそうだ、あの番組はダメなんだ!という意識が広まり、まるで関心を持って見ていた私が馬鹿にされているような気がしました。


まぁ、別にそれが悪いとは言わない。

何事も批判的に考えるのはいいことだから。


でも、よく考えたら、その彼らの言う「ダメ番組」でも、関心持って見ている人はいるわけじゃないですか。私はよく歌番組を批判しますが(理由:多くの歌手が口パクだから)、別にそれを見ている人まで批判したりはしません。たとえば某アイドルグループには痛烈に批判しますが、そのファンまで否定したりはしません。
別に迷惑かけられたわけじゃないから。そうじゃなきゃ、私の今の友人の半数以上はとっくに縁を切っているよ。



私が見ていたのは一応教育番組で、名前はあえて言いませんが、始終「世界にはこんな人がいるんだ~」と思いながら見ていました。それだけのつもりでした。っていうか、それ以外に理由があるの?

しかし、あの番組は視聴者に悪い影響を与えるだの、考え方が偏っているだの、批判文を送りつけたことが素晴らしいかのように言われ、その「視聴者」のひとりである私は顔も知らない誰かに自尊心を傷付けられまくっているような感じがしました。



こういうこと言ったら怒られるかもしれないけど、ああいう番組ってさ、見るほうが勝手に解釈すればいいんじゃないの? 少なくとも私が見ている限りでは、世論を誘導するような内容には思えなかったけど。見たくなければ見ない、見たとしてもそれも考えのひとつと捉え、自分の中でしっかり現実とテレビ番組を区別できる・・・、というのは視聴者それぞれがすべきことであって、代わりに他人に批判されるようなことでもない。

と、私は思う。



テレビ番組を丸呑みして信じてしまう視聴者のことを慮っての批判だとしたら、現実はそんなものなのかとか、我々はそのレベルと捉えられているのかとか、まぁいろいろ考えてしまう。放送倫理がどうのとかいうけど、ぶっちゃけ視聴者が好きに捉えればいいんじゃないかって思う。

・・・それができなくなった、というのが一番問題なんじゃなかろうか?




話は変わるけど、個人的に差別や偏見を調べているとき、「相互理解」という言葉に突き当たった。相互批判じゃなく、相互理解。つまり憎い相手のことも理解し合え、ということです。

批判は批判しか生まない。でも、どっちかが歩み寄れば、相互理解ってできるんじゃないかい? 「あいつはダメだ。理解する価値もない」なんて言ってても、生産的なものは何ひとつ生まれないよ。他人をガンガン批判するばっかりじゃなく、一歩引いて相手の立場で考えてみることが必要なんじゃないだろうか、と最近特に思う。
みんな、そんなに喧嘩がしたいのか?


「そんなもん、相手の立場でなんか考えられない!」なんていう人はもちろんいるだろう。そこにはちゃんと理由があるわけで、私だってここで他人の批判がしたいわけじゃない。ただ、あまりに争いの多いこの世の中、火花を散らす両者が歩み寄れば解決することもあるんじゃないかなぁ、と思うだけ。


両者、というのは別に2者だけに当てはまるわけじゃない。3者とか4者とか、批判し合っているグループの数は関係なく、とりあえず相互批判状態になっているのは全部含む。一番多いのは「マジョリティ」vs「マイノリティ」とかじゃないかなぁ。この2者間の反発、もしくはその周りにいる方々同士の溝はあまりにも深い。まぁ、いろんな歴史があるから反発があって当然ともいえるけどね・・・

しかし、一応私だってマイノリティだけど(なにかしらの領域でマイノリティじゃない人ってそもそもいるのか? 誰もがなにかしらの領域でマイノリティであるはず。というか、人はそれぞれ違うんだからグループでくくろうとすること自体ナンセンスだろう)、誰かと組んで何かを批判しよういう気はさらさらありません。今まで一度も思ったことがない。確かに生きづらいかもなぁ、とは思うけど、それで誰かを批判したり、戦ったりすることは一度も考えたことがない。まぁ、マイノリティじゃない人にも事情があるんだろうな、程度にしか思っていないからでしょう。


個人的にだけど、人を批判することはできるだけしたくない。自分のためはおろか、他人のために誰かを批判しようなんて思ったこともない。人はひとりずつ違うんだから、最初に例に挙げたテレビ番組だって、視聴者が好きなように受け取ればいい。

それに対して批判があるのなら、自分の中にそっと抱えていればいい。それを誰かと共有しよう、認めてもらおう、と思う気持ちが大衆に宣言するという行動に走らせるんじゃなかろうか。


ちょうど今週末に選挙があるけど、たとえば自分の政党のために対立する候補の選挙ポスターを破る人のごとく。本当かどうか知らないけど、ああいうのも「政党のため」というよくわからない理由のためだよね。

批判を持つのも自由。関心を持つのも自由。だけどそれを他人に知らせるために、味方を作るために大々的に宣言してしまったら、それは個人の意見ではなく大衆のパワーを借りた暴力になってしまう。・・・こともある。


あなたの意見と私の意見は違っていて当然。
もしかしたら同じかもしれない。まぁ、あんまりないことだけどね。


自分が納得できる発言ばかりを取り上げ、都合の悪い発言はすべて「被害」として批判の的にしてしまう。最近TwitterなどのSNSを見ていると、そういう人がどんどん増えているような気がする。「本当にそうかな? 私の意見とは違ってる人もいるんじゃないかな?」って一歩引いて考えてみたら、あなたや私の世界はもっと広くなるかもしれないね。

・・・当たり前の話だけど、あんまり他人の意見に流されまくるのもダメだと思うけどね。自分の意見をしっかり持って、それでいて他人の正反対の意見にも耳を傾けることができる。そういう力があればいいなって思う。



私とか、SNSみたいな顔も見えない、声も知らない相手にいろいろ批判されるのが嫌いなんですよね。言うならあなたのその口で、その声で、実際に私の前で言ってほしい。そうしないとわからないから。発言者がどういう顔で言っているのか、どういう声で言っているのか、それがわからないと少なくとも私には伝わってこない。

そういう相手からの批判にはただイライラが溜まるだけです。ちゃんと顔を合わせて批判されたら聞けると思うけどね。アマノジャクでひねくれ者だから、私みたいな奴は「もうこいつの批判は聞きたくない!」って思うと今後本当に聞かなくなる。それがどれだけ正しいことを言っていても。
あと、「わからない馬鹿に教えてやる」みたいな書き方のコメントにも反発する傾向にありますね。そう言いながら私もついついやっちゃうんですが、「私はこう思います」という書き方ではなく、「事実としてそうなんです」という断定した書き方をされるとムカッとします。「〇〇なんじゃないの。どうしてそれがわからないの」みたいなのは最高に腹立ちますね。

カウンセリングの技法的に言うと、こちらからそれとなく匂わせて、相手に自分で気付かせるやり方が一番有用です。他人から言われるより、自分で「あ、そっか!」と気付くほうが学習は遥かによく進みます。他人に気付きを与えたいんだったら、頭ごなしにあーだこーだ言うんじゃなく、相手に自分から気付かせるように援助をしてください。その方が効果は大きいです。私もその方が腹が立たなくてすみます。



自分の話ばかりで申し訳ないですが、私に関して言えば、大事な話はちゃんと会ってしたいな。メールでやり取りするより、実際に顔を合わせて喋った方が気持ちはずっと伝わるはず。声も、仕草も、顔の表情も、ケータイやパソコンからは絶対にわからないもの。
相互理解も、たぶん実際に正対した方がしやすいと思うけどね。



ま、あくまで私の意見ですが(笑)


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ひとりごと

  • 私はやはり社会の中で少数派なんだなぁと実感。だって今の政治に納得してるからみんな与党に入れるんでしょ?私は何ひとつ彼らに満足してないし、期待もできないから、ひたすら野党に入れる。だけどいつも大多数の力には勝てない。選挙のたび悔しい思いばかりしているが、民主主義というのはこういうものである。大多数を呪いながら生きていくしかない少数派、私はそれである。
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