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2012年9月20日 (木)

過去ってそんなに大事なものか

学校で習う科目の中では、歴史が一番嫌いでした。
歴史を学びたくないがために、高校時代はずっと「地理」を選択。地図記号やら、なんやら地方やら、どこぞの国のなんちゃら海岸やら、知りたくもない地理の知識ばっかり取得してた気がしますね。今はもうさっぱり忘れてるんですが。

歴史を学ぶ意味がわからなかったんですよね。なんとか時代のなんとか将軍が、なんとかいう条例を作って国民をなんとかしたとかいう・・・。うーん、私は適切な例が思い浮かばないほど歴史のことが嫌いなのか。
別に、自国の歴史について純粋に学ぶだけならいい。でも、近ごろ増えてるじゃないですが、「〇〇時代、××戦争の弁償をしろ」とかいう国同士のイザコザ。戦争を経験してないからかもしれませんが、過ぎ去った過去の屈辱を晴らすために弁償を求める、という行為が私にはどうしても理解できません。


近ごろは、中国に「国辱の日」とかいう記念日があることに驚きました。それなら日本がアメリカの戦争に負けた「終戦記念日」だって、名前を変えて「国辱の日」でいいんじゃないですか。しかもなんで「敗戦」じゃなく「終戦」なんですか。・・・この謎は昔からわからない。
・・・過去ってそんなに大事なものなの?



過去の屈辱を晴らすために現代人が暴れ回るのは、恨みを抱いて死んでいった人が生前の恨みを晴らすために化けて出る、みたいな感じがするんですが。

確かに忘れちゃいけないことのひとつやふたつ、あるでしょう。自分の行為が人を傷付けてしまったことを悔いるために過去を振り返るなら、それもいいとは思う。しかし、他人の行為で自分が傷付いたことを思い出すために過去を学ぶ、というのはなんか変な気がします。自分が傷付けられた過去を思い出してなんになる?
どっかの番組のキャッチフレーズではないですが、時代は動いているんです。遥か過去に終わったことをゴチャゴチャ言い合って、戦争だデモだ賠償だ、と馬鹿みたいにぶつかっているのを見るとアホらしくなる。「あのときあんなことをされた」「こんなことをされた」と過去を振り返って、かつて自国を攻撃した相手に仕返しをすることが誰のメリットになるというのか?



国という名の檻の中で行われたことは、他の者の目に触れさえしなければどうにでも操作することができる。勝者がいくら事実をひた隠しにしようと、負けた者に弁明の機会はない。

・・・というのは誰だったかの言葉なんですが、私もこれには納得できます。勝者、敗者のどちらに歴史を語る役目が与えられるか、といえば当然勝者でしょう。敗者の側から語られる歴史というのは、時間が経てば明らかになるかもしれませんが、しばらくは闇の中に葬られるでしょう。


国は一種の閉鎖空間です。そこで起きたことはどうにでも変えられる。国にとって都合の悪い真実を隠し、都合の良いところだけを国民に伝えることもできる。それを卑怯な行為と取ることもできますが、国を維持するために必要な措置だと主張する者もいるでしょう。・・・こういうところが、私が歴史を嫌いになる理由ですね。
いちいち歴史上の出来事を憎んでいたら、殺す人間が何人いても追いつかない。過ぎたことをいつまでも憎み続けるのは筋違いだと私は思う。その争いが何百年も前のことであるなら、加害者も被害者もこの世の人ではないだろう。それをいまだにゴチャゴチャ言っているのは、一体誰のために、そして誰を復讐の標的にして戦っているのか。そのへんがいつもよくわからない。ってういうか、本人もわかってないんじゃないかと思う。


みんな、過去を言い訳にしてとりあえず争いたいだけなんじゃないか。

それを「甘い」とか、「考えが浅い」とか、「戦争を経験していないからだ」とか、別にいろいろ言われてもいい。私はとにかく歴史が嫌いだし、過去を振り返ること自体が気に食わないと思っている。

私はこれまで20年ちょっと生きてきて、自分自身の歴史ですら誰かに話すのが苦手だよ。あのときこんな人にひどいことをされたとか、いつか復讐してやろうと胸に誓ったとか、そんなことずっと憶えててなんの得があるんだろう? 私は現実主義者だから、絶対に過去を振り返ったりしないで現在ばっかり見ようとしてる。


・・・自分自身のことについてもそんな感じなのに、家族の歴史、他人の歴史、国の歴史なんてもっとどうでもいい。過去のことを語りたがる人は周りにもいるけど、話のあと「じゃあ今はどうなの?」っていつも聞いてる。いくら過去に嫌な経験をした人でも、「今はまぁ・・・、普通だけど」とかそういうこと言う人が大半。
今が普通程度に幸せなのに、それで何かダメなんだろうか。その上で嫌な過去を思い出してなんの得になる? 私にはわからん・・・


無理やり理解しようとしてみれば、きっと「嫌な過去を思い出す」という(私には理解しがたい)行為が、その人にとっては特別な意味を持っているんでしょうね。だから嫌だとわかっていてもやってしまうんでしょう。自分でもどうしようもないから、悪いことだとわかったところで止めようもない。
あれっ・・・うーん、いや、これってもしかして、「自傷」なんかと同じようなシステムで行われている行為なのでは?


・・・つい先日、「平家物語」の平氏やら源氏やらについてまったく知識を持っていない私に、「あのへんの時代のことぐらい知っておきなよ」と言われたことがきっかけでこういうこと考えるようになりました。NHKでドラマやってるじゃないですか。私はキャストばっかり気にして見てるんですが、なんちゃら天皇がどうとか、なんちゃらの息子のなんちゃらがどうとか、ストーリーはさっぱり意味がわからなくて人に聞いてばっかりなんですよね。


歴史は今でも嫌いだし、これからだってちゃんと学ぶつもりはありません。

それで他人に馬鹿にされたって、別に傷付いたりしない。まぁ、そりゃ平家についてなんの知識を持ってないのは問題かもしれませんが、私の人生でその知識がなんかの役に立つか?と思うと、答えは「微妙」なんですよね。
残念ながら、私の脳内の容量は限られています。最近、ますます記憶力が悪くなったみたいで、相手の言葉にいちいち驚いては「前に言ったじゃん!」と怒られることが日常茶飯事です。記憶力が悪いのか、本気で聞く気がないのか、たぶんどっちかだと思われます。(後者なら最悪な人間だ)


取り入れるならもっと有意義な知識を得たいものです。

(...みんな、ごめんなさい)

 

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コメント

こんにちわ、はじめまして。くくれといいます。
乃銀さんのブログ、よく読ませてもらってますが、面白いですね!
なんだか文章は長いのに、どんどん読んでしまいますw(失礼)

歴史、自分も似たようなことを思います。
戦争が終わった今、国同士の関係をよくするには、お互いに憎しみを知らない次世代の人間が大事になってくるのに、その次世代に間接的に憎しみを学ばせることによって、また戦争になりそうですよね。無益な気がして仕方ないです。

わっ、ありがとうございます!(ノ´∀`*)
長いのに読んでくださって嬉しいです(笑)

間接的な憎しみ・・・。その通りのような気がします。自分の国で起きた震災とか、台風被害とか、それによって支援してくれた他国のこととか、後世に語り継いでいかなきゃならないことはたくさんあると思うんですよね。「歴史を風化させない」とは言いますが、本当に風化させちゃいけない歴史っていつも置いてけぼりにされてる気がします(´・ω・`)

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ひとりごと

  • GYAOで『ペット・セメタリー』を観た。ホラー小説で有名なスティーブン・キング原作である。この手の映画はなぜヤバい奴がいるとわかっている屋敷にひとりで踏み込むのだろう。バラバラにされた人体の一部でも降ってきたらどうするんだ!と思ったが、そんなことはなかった。ちなみにペットとタイトルに名がついているものの、結局一番怖いのは人間だと理解した。
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